のたのた日記|1月29日(月)〜2月4日(日)

minamonu
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1月30日(火)

昼。ちょっとだけ料理をした。作り置きとか作ってみたら助かる? と母に聞いてみたところ、助かる! ありがたい! という返事をもらったので、これから少しずつ、できる範囲で作っていこうと思う。

ごほうが食べたかったので、にんじんと一緒に茹で、ふくやのめんたいマヨで和えてサラダにした。それから茄子がいっぱいあったので、ピーマンと合わせてレンチンして、生姜やポン酢で漬けた。どちらも参考はクックパッドのレシピ。クックパッド様々だ。

最近、Xで「クックパッドよりも、誰が作っているのかがハッキリしている料理家や調味料会社のレシピの方が信用できる」的なポストを見かけた。確かに、とは思いつつ、自分は逆で、どちらかといえばクックパッドの匿名レシピを選びがち。何故なら、いつも失敗を前提に考えてしまうから。完成後の味が微妙だったりしても、匿名なら「このレシピを考えた人は、この味付けが好みなのかな〜」とか「住んでいる地域が違うから味の感じ方が違うのかな〜」とか、そういう納得の仕方ができて、心理的ダメージが少ない。

料理家考案のものや調味料会社のHPなどに載っているレシピは、責任が明確だからこそ下処理や調理法がきちんとしていて安心する。けれど、そういった人々の定番レシピで(あるいはインフルエンサーのバスったレシピなども)、その通りに作ったはずなのに味がイマイチだったときを想像すると、なんだかとてつもなく絶望的な気分になる。なんだろう。小学6年生のときのリクエスト給食で、好きなメニューの候補に揚げパンが挙がったとき、クラス中のみんなが食べたいと手を挙げるなかで自分一人だけ手を挙げられなかったときの景色を思い出す。

そもそも上手くいかないことばかり考えるなよ、ってね。そんなんで選ばれたってレシピは嬉しくないよって。でも、料理中は高頻度で絶望的な気分になるのに、作った後まで絶望したくないんだ。とにもかくにも、クックパッドはありがたい。作った2品は、どちらもとても美味しかった。

1月31日(水)

元気が出ない! 税金払いに行く元気がない。布団から出られない。身体のてっぺんからつま先までどんよりで支配されている。できることなら一歩も動きたくない。嫌なことを思い出して口から奇妙な声が出る。部屋が汚れているが片付けられない。常に眠い。胃腸の調子もずっと悪い。

2月1日(木)

観葉植物にハマりたての頃から育てている大事な植物の水やりを忘れて枯らしてしまう夢を見た。目が覚めるまでずっと自責の念に囚われていたのに、起きたら「そんな植物は育てていない」と気が付いた。夢の中ではとても愛着があって思い出深い小さな苗だったのに、現実にそのような草は存在しなかった。ただ、そう気付いてほっとしたあとも、まだ喪失感が余韻のように続いている。夢の中の植物は深層心理が見せる比喩で、本当は違う何かを駄目にしていたりして。

2月2日(金)

ここ数日、寝床について携帯を触ってしまう自分に強い苦痛を感じる。石の塊のような「何やってんだろう」に押し潰されている。眠ると明日が来るのが嫌、寝不足ですっきり起きられずにうだうだする朝も嫌、なのにスマホを触る手が止まらないのが何よりも嫌。嫌な気持ちを自覚しているのに止められず、何時間も睡眠を無駄にしている。どうせ寝ないのなら、その間に出来たことが山ほどあったんじゃないか。ほんとに何やってんだ。

2月4日(日)

酷く嫌な夢を見て起きた。正夢になるのが怖くて、口に出したくもない。心底ゾッとして、起きてからしばらくは布団の中で震えていた。現実と夢の区別がつかない恐ろしさだったのは、自分がもう忘れていたはずの、記憶の奥底にあるような事柄が出てきたから。普通に生活していたなら絶対に思い出さない些細なこと。だからこそ、破壊力が絶大だった。

悪夢を見る原因は大抵ストレスだが、今回は精神的な不調が悪さしたように思う。近頃、事あるごとに昔の嫌な記憶を思い出すことが多かった。傷付いた記憶や人を傷付けた記憶、駄目だった自分が、生活の中で不意に蘇る。何度も繰り返し蘇るたびに自虐して、そうして何時間も心を消耗する。

過去のそういったことを思い出すのはもはや日常茶飯事で、癖のようなものだと慣れたつもりでいた。睫毛を抜いたり、ささくれをむしったりするのと一緒。いつものことだと深く気に留めずにやり過ごしていたが、自分が思うよりずっと、自分のことを痛めつけていたのかもしれない。

こんな不快な夢を見るくらいに追い詰められているのなら、いよいよこの悪癖をどうにかしたい。もう何年も、嫌な記憶に対して「いつか忘れる」とか「いつの間にか別の記憶で塗り替えられる」と思い込んでやり過ごしてきたが、結局今の今まで忘れることも塗り替えることも出来ていない。どれだけ時間が過ぎても、脳とか心に刻み付いた傷は治らない、風化しない。外に追いやろうとか、見えないところに隠そうとするとむしろ傷口が開いて余計に苦しい。悪化させないためには、存在を認めて、共存しないといけない。わかっていても、真正面から向き合ってまた細かい傷が増えるのは嫌だと避け続けていたが、いい加減にやめよう。なんで自分で傷口を抉らないといけない。

ひとまず、記憶を一度見つめ直すために、スマホのメモにしょっちゅう思い出す嫌な過去をいくつか書き出した。こういうことがあって傷付いた、こういうことをしてしまって反省している。取り繕わないことを意識して、とにかく素直に書き出していく。すると、いつの間にか沈んでいた気持ちがスッとしていて驚く。書き出した文章を見て、再び嫌な気持ちが湧いてくることもない。傷が増えると思っていたのに、増えてない。

書き出した過去たちをまるごと受け入れるのは、たぶん一生かかっても難しい。長い旅路のようなものだと考えよう。暗くて広い記憶の海に溺れてる昔の自分を掬い上げていく船旅、1人でも多くの手を取れたらそれでいい。とりあえず、しばらくは思い出し癖が出てきたら書き出す、を続けようと思う。

なんて、朝っぱらからひたすら自問してポエミーになってしまうくらいにおぞましい悪夢だった。どうか本当に、正夢にはならないでほしい。

@minamonu
文章を書くのが好き。ネイルと観葉植物と編み物も好き。少し前の日記を晒したり。