過激なインターネットと崩壊する草の根民主主義

しずかなmiozuma
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公開:2025/12/25

久しぶりにTwitter(Xとは呼ばない)やInstagramを見てみたが、ひどい有り様だった。画面に映っているテキストや映像は過激で短絡的。また扇情的で、仮想敵を作り、強い物言いでくだらないことをなぜか必死に訴えかけてくる。

うんざりしそうだ。


インターネットは、本来そんな馬鹿げたことをするための場所ではない。もともと、情報を整理して共有するために生まれたものだ。

インターネットの原型であるARPANETは、大学や研究機関が互いの研究内容を共有するためのネットワークだった。

その後、TCP/IPプロトコルの開発を経て、今日のインターネットへとつながる。

驚くべきことに、ARPANETには現在のインターネットを構成するほとんどすべてのアイデアが含まれていた。(昔の人は本当にすごい)

もし、ARPAの基礎を提唱したJ・C・R・リックライダーが現在のインターネットとSNSにおける惨状を目の当たりしたらなんと言うだろうか。

ちなみにこれは皮肉だがリックライダーは生前に、通信におけるコンピュータの重要性と民主主義における大衆への情報伝達の重要性を主張していた。


話を戻そう。

リックライダーの思いとは裏腹に、現実はSNSを開くと過激な情報ばかり目に入る。Twitterのおすすめ欄を見ていると気が狂いそうになる。狂った人と狂った人が日夜、引用RTでレスバを繰り返し、揚げ足をとったり取られたりしている。

うんざりする。

それでも、SNSは悪い面だけを持っているわけではない。SNSによって連帯感を持ったムーブメントが生まれることもある。

代表例が「アラブの春」だ。これは2010年から2012年にかけてアラブ世界で発生した、前例のない大規模反政府デモである。

きっかけはチュニジアでの青年の焼身自殺だった。

青年は果物や野菜を街頭で販売し始めたが、販売の許可がないとして警察が商品を没収した。これに抗議するため、青年はガソリンをかぶり火をつけ、自ら命を絶った。

(イスラム教では土葬が原則で、焼身は死後の復活に影響する可能性があるため、その行動は大きな衝撃を与えた。)

この事件の様子は瞬く間にSNSに広がり、人々の連帯感を呼び起こした。以下はその証左である。

そして、各地で反政府デモが相次ぎ、ジャスミン革命へとつながった。

しかし、期待された民主化の進展は思うように進まず、多くの国で挫折した。いわゆる「アラブの冬」を迎えたのである。


ここから得られる教訓はなんだろうか。

SNSを通じて連帯することはできる。

デモを起こすこともできる。

政権を揺るがすこともできる。

しかし、国家運営はできない。

国家の運営に失敗した理由は、中東諸国が抱えていた不安定さだけではなく、正しい手続きや制度の整備が欠けていたことにもあるのだろう。

火を被った青年を非難するつもりはまったくない。限界に達した人間が、自らの行動でしか声を上げられない状況がそこにあったのだろう。「もう限界だ」という気持ちを行動に移すと、命まで関わってくる。安倍晋三銃撃事件も、そのことを思い出させる。


では、私たちはどうすればよいのか。

答えは簡単ではない。現実世界は複雑すぎて、すべての関数を人間が調整することは不可能だ。あちらを立てればこちらが立たず、何をしてもトレードオフが成立してしまう。

だからこそ、私たちにできることは、まず目の前のことを丁寧に扱うことだ。

過激な意見に乗らず、短絡的な扇動に踊らされず、静かに考え、静かに動くこと。

無力感に押しつぶされそうになっても、足元から少しずつ整えていく。それだけが、唯一の方法であるように私には思える。

インターネットも国家も、私たちの生活も、全てが上手く行くことはないだろう。

けれど、手の届く範囲でできることを積み重ねる。その静かな選択が、いつか「小さな春」を作るのだと信じたい。


P.S. 民主主義とテクノロジーの繋がりに興味がある方は成田氏の本が参考になるだろう。

参考

民主主義の未来 優位性後退、崩壊の瀬戸際に

トピック 「アラブの春」とソーシャルメディア

アラブの春とは?なぜ起きたのかと失敗した原因・日本や世界への影響をわかりやすく解説

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