私にとって初めて手に触れたZINE(ジン)。宝物になる予感は、買う前からしていたんだよ。
テーマである「複数で生きる」の対談に江國香織の著書へのクィア的な視点での考察があったり、かつてはなぜかそれで許されたらしい古い表現のあらすじをアップデートしてみる試みがあったりして、個人的にとても興味深い内容だった。
異性愛至上主義を疑わずに育ち、異性と付き合っていた大学生の頃に出会ったその作品は、ハタチを過ぎてから自分がレズビアンであることに気づいた私にとって、このZINEの著者たちとは違う視点で読んで救われた物語だったな。懐かしいなぁ。
かつてはどこを探しても同性の恋人がいる人の物語が無かったから、家族になった異性から同性を好きになる自分をこんな形で受け入れてもらえる関係性があるのか……と、安堵した記憶がある。そこに複数で生きることについての視点は無かったので、彼らの対談はとても新鮮だった。違う時代に、違うグラデーションを持った人たちが読むと、同じ作品でもこういう考察になるのか、と。
『Polyphony』という単語を調べてパッヘルベルのカノンを聴いた人は、このZINEを読んだ人に何人ぐらいいるのかなぁ。複数の独立した旋律が重なるけれど融合することはなく、それぞれの音でどこまでも心地良く響き続ける。この本の私のイメージは正しくカノンです。
同じ舟に乗ることが私の生き方であっても、一人の舟で誰かと同じ沖を目指す人、今まで出会った人を思い出しながら誰もいない島へ行く人、ずっと海にいたいと思う人、途中で舟から降りた人、多分もうすでに色んな人とすれ違っているし、これから先もそうやって海の中で交わっていくのだと思う。
江國香織の作品をひとしきり読んだ青春(私にとっての青春は、自分がレズビアンだと自覚した頃から改めて始まったといってもいい)からは、もうずいぶんと遠いところまできてしまった。物語を書いて売っている江國さんにも、セクシャルマイノリティの権利や不平等について何か声をあげてほしいという切ない願いも消えてしまった。
同性愛者の視点でしか読めていなかった私に、名前のつかない共同体としての生き方を描いている重要性を教えてもらった事実の方が大切になった。これからも、繊細かつ曇りのない視点から読み解かれる物語についての考察を楽しみにしています。