今年の夏は涼しい。
7月に38度くらいに上がった週があったけど、以降は高くても35度くらい。
最近では一日エアコンをつけずに過ごせる日もある。
数年前から40度近くまで上がる日は、蝉の鳴き声きかないねなんて会話をすることがあった。
これだけ熱すぎると虫も元気なくなっちゃうんだよ~外に出てこれないんだよ~なんて、勝手な憶測で話していたのだ。
今年は逆に、蝉の鳴き声がとてもよく聞こえる。
もうすでに晩夏のような雰囲気。
暦の上では秋を迎えているが、本当にこのまま秋に入ってしまうのだろうか。
そんなことをつらつら考えてたら、ふと、20歳頃に北海道周遊一人旅をしたことを思い出した。
旅から帰ってきて、北海道は涼しかったでしょう?と人に訊かれるたびに、
「いやいや、北見で27度もあったんだよ。全然涼しくなかった!」と答えていたのだ。
わたしは大学でモンゴル語を学んだ。
小さい頃にテレビで見たモンゴルの風景に魅せられていつか行ってみたい!→行くなら喋れなきゃ という短絡的な思考で学びに行った。
大学生になってからアルバイトをして、モンゴル旅行の資金を溜めた。
2年生の夏に行こうと同級生と約束をして、それぞれアルバイトしたのだ。
ところがいざ2年生になってそろそろ本格的に旅行の計画立てよう、チケットおさえようという段になって、モンゴル旅行はご破算となった。
友達をいくらつついても「うーん、そうだねー」とのらりくらりとした返事をするばかりで、具体的に話が進まず。
こいつほんとに行く気ないなとブチ切れた私から、「じゃあもういいよ。行くのやめよう」と白紙に戻した。
残ったのはアルバイトで溜めたお金……わたしはそのお金で、北海道周遊一人旅に出たのだ。
さすがにこの時のわたしは、一人で海外旅行に行くに勇気がなかったからだ。(後の2015年にシンガポール一人旅行した!やった!)
新木場から船に乗り、40時間後(だったと思う)に釧路に到着。
釧路の朝市に行って朝食を食べるのだが私は寿司・刺身が苦手なので、港の朝市に行く意味がない!笑
でも行ってみたかったのだ。
なんとなく食べれそうな海鮮を選んでごはんの上に乗せてもらって、ベンチで食べた。
そのあと釧路湿原を見学して、バスで北上。
北見(27度!)を通り網走に出てから知床へ。
知床五湖を見て回った。
夏だったけど、ここは本当にいつ熊が出てきてもおかしくないような雰囲気だった。
熊よけの鈴を買いました。
知床では民宿に泊まったんだけど、女性一人旅だからか女将さんがとても気を遣ってくれた。(自殺しちゃうひともいるから目を配っていた部分もあると思う)
民宿のそばの飲食店で夕食を食べたんだけど、麹漬けかなにかの焼鮭が柔らかくて甘くて美味しかった思い出。
そして女将さんから深夜の星空バスツアーがあるよと教えてもらい、参加。
なんだかフィクションのような壮大な天の川をこの目で見たのは、後にも先にもこの時だけだ。
すごかった。
頭上いっぱいに星がいっぱい広がっていた。
また見たい。
帰りはキツネが道路に出てきたりして、ガイドさんがそのたびに教えてくれて楽しかった。
知床を後にして、西へ向かう。
摩周湖は天候悪くて霧しか見えなかった。
阿寒湖は遊覧船に乗った。まりも。降りてからジンギスカンを食べた。
斜里か美幌か美瑛でお花畑を見た記憶がある。
富良野では、レンタサイクルでジャム園とかチーズ工房に行った。
試食がおいしくてお土産用に買ったんだけど、自宅で食べたらあまりおいしいと思えなかった。やはり現地で食べるのが最強なのだ。
夕張では夕張メロンアイス。
旭川はあっさりと通過。今だったら旭川動物園に行ったと思う。
札幌は記憶がない笑
どちらかというと、社会人になってから推し活でしょっちゅう行ってた思い出が強い。
函館!
わたしは中学・高校生くらいの頃に新選組にはまっていたので、五稜郭は外せない。
土方さんと、同じく佐幕派の伊庭八郎のお墓参りもした。
どの町か忘れたけど、印象的な出会いがあった。
とある場所でバスを待っていたところ、見知らぬ自動車が一台、目の前で止まった。
降りてきたのは母娘で、「どこに行くの?」と訊かれた。
「今晩泊まるユースホステルまで。近くまで行くバスを待ってるんです」
するとそのお母さんが、「そこキャンセルしてうちに泊まりにおいでよ」と。
初対面の人の家に泊まるなんていくらなんでもありえないだろうと断ったが、いいからいいからと圧が強い!
なんでも離婚して娘さんは父親に引き取られているんだけど、ちょうどこの日は月1回母親と会って母親の住む家に泊まる日だったらしい。
「娘と同じくらいの女の子がそんなに大きなリュック背負って立ってるのがほっとけなくて!」ということで声をかけて来たらしい。
私より少し年下ぽい娘さんもどうぞと誘ってくるので、結局わたしはお世話になることにした。
夜ご飯は3人で外食をし、布団3枚引いて足の踏み場がなくなった部屋で眠った。
翌朝、母親が仕事に行く前にわたしと娘さんを駅まで車で送ってくれた。
その後、わたしが旅行を終えて神奈川に戻ってから何度か娘さんと手紙のやり取りをした。
その中で母親にも教えてないというとある重大な秘密を打ち明けられたのだが…、その後、そして今は彼女はどうしてるだろうか?
思えばわたしの人生には「えーっ!そうなんだ!?」と聞いてるだけでもびっくりするような体験をしている人がたびたび登場する。
もちろん、順風満帆なんの波風も立ってないですよという人でも、言わないだけですごい体験をしてるとは思うのだけど。
みなさん今はどうされてるんだろう。元気に幸せになっていて欲しい。
およそ10日ほどかけて桃鉄のような周遊旅行を満喫していよいよ締め。
青函トンネルを通り(青函トンネル観光もして)、青森へ。
青森からは新幹線で帰る計画だったのだが、前日に栃木に大雨が降って土砂崩れが発生している箇所があるとかで新幹線不通になっている情報!
急遽、青森空港に向かい、飛行機で羽田に行って無事に帰宅しました。
青森空港行きバスの車内アナウンスがばりばり津軽弁で流してくれるサービスあったもんだからまったく意味不明でおもしろかった!
モンゴル旅行はおじゃんになってしまって、(結局いまだに一度も行ってないんだけど)代わりに人生初めての一人旅行をしました。
るるぶに載ってる定番スポットしか廻ってないんだけど、でも楽しかったなぁ。
想定外のトラブルや寄り道、出会いもあったりして。
30年近く経ってるけどその時の感動とか感じたことはいまだに鮮明に覚えてて、不思議なものです。
年をとればとるほど保守的になるし、失敗が怖くなるし、早く目的地に着くことばかり優先しようとするし、意味があることを求めようとしてしまう。
今こそ、こういう「意味なんて考えずに楽しむ」感覚を取り戻していきたい。