あなたのいない世界にはあたしもいない

misty882311
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昔からaikoは好きだった。こないだ、aikoの好きな曲選手権みたいなイベントがSNSのXで企画され、その一番が「彼の落書き」という曲であることを知って狂喜した。アルバム『暁のラブレター』は人類史に残る名盤だと思う(そこまで言うか)。一曲目の「熱」からシームレスに繋がる「彼の落書き」へのあまりに甘美な橋渡しには背筋がゾクゾクしてしまう。

「彼の落書き」が僕にとっても特別な一曲だとして、他に一番好きと言える曲はなんだろうな……『夏服』というアルバムは異常に好きだ。いったい何回聴いたことだろう。これに収録されている、シングル曲でもある「初恋」は一番好きかもしれない。最高に好きなアルバムとしてはほかに、ほとんど完璧な作品だと言える『桜の木の下』、従来からのaikoからは少しテンションを変えた『夢の中のまっすぐな道』も大好き。だけど、さきほどの「彼の落書き」が入っている『暁のラブレター』が今でも一番好きなアルバムだ。

人生の全期間においてaikoを聴き続けたわけではないと思う。大学を留年していた頃はいろいろやさぐれていたり、音楽に興味を失ったり、そうかと思えばなぜか全然違うジャンルの音楽を聴いていたり。その頃にはaikoも年を重ねて、チャートを賑わせる歌手やロックバンドは様変わりをして、それでも彼女はずっと歌を歌い続けた。僕だけが変わっていったんだろう。

二年前、僕の祖母が脳梗塞で緊急入院した。その時から僕も僕の周辺も、少しずつ変わっていっている。祖母はまだ頑張っているけど、入院のお見舞い制限で中々会うことが難しい。それでも、少しでも頑張って生きてほしいという身勝手な想いが芽生えることに、自分でも驚いている。そう、それは実に身勝手な、一方的な想いだ。でも、死に近づきつつある人に対する想いに、そんな真摯で必死ない気持ちが含まれているんだということを、祖母のことがあるまで僕は知らなった。人間とはそういうものなのだろう。

祖母が脳梗塞で倒れ、集中治療室に入ってしばらくした頃、少し落ち着いて、持っていたaikoのCDを手に取ってみた。『時のシルエット』という、2012年にリリースされたアルバムだ。彼女の長いキャリアにとって10枚目の作品である。

aikoは、ずっと恋愛関係の愛を唄っているものとばかり思っていた。違う。aikoは、全ての二人称的関係における「あなた」と「わたし」の関係を歌っているんだと初めて気がついた。恋愛における僕と君だけでなく、親と子、または兄と妹、大切な先生と真面目な生徒、大好きだった人と変わらない私、倦怠期の夫婦、孫と老父……aikoはあらゆる関係における「愛」を歌っているんだ。そう気が付いたとき、涙が止まらなかった。祖母のことを思った。

世界はありとあらゆる二人称で成り立っている。「わたし」が「あなた」を想う気持ちは普遍的だ。その二人が強い絆で結ばれていればいるほど、関係性は美しく、そして尊いものになる。たとえ儚いものだったとしても、人が人を愛する想いは普遍的に存在する。その愛の熱量を信じようと思った。僕は祖母が大好きだし、そのことを誇りに思えばいい。祖母と交わした最後の言葉をずっと後悔していた。そうした矢先に祖母は倒れたので、本当に気がどうにかしてしまいそうだった。その日はずっと『時のシルエット』を聴きながら、祖母のために泣こうと思った。

いや、aikoは本当に恋愛関係の恋人たちのことしか歌っていないのかもしれない。でも、とにかく、世界はあらゆる二人称で成り立っており、強い絆で結ばれる二人の関係はとても美しい、aikoの歌をそういう風に捉えた自分は、色恋事やアイデンティティの揺らぎであたふたしていた頃からなんて歳を重ねたんだろうと、今さら思った。それは、予想していた歳の取り方とは違っていたけれど、なんだかそのことに対してとても安心したのである。

優しく笑う向こうに/絶望があったとしたら/全部あたしにください/それでも平気だから/ここには誰も知らないあたしがいる/あなたに出逢えたことがあたしの終わり/ゆっくり息をする/胸の上耳を置いて/生きてる限り何度触れて知るの/あなたのあたたかい味 永遠に   (aiko/ずっと)

たった今すぐ逢いたいってあなたが思っていて欲しい/何もかも置いてここに来て欲しい/唇に息がかかるたび/倒れてしまいそうで/あなたのいない世界には/あたしもいない    (aiko/くちびる)

@misty882311
自分自身を生きたい。小説を読み、哲学を齧り、詩を書く。その全ての自分に、人間らしくあれ、と願って。