好きなジャンル、特に推しの情報収集先のひとつとしてX(Twitter)を使っている。御本人様方や公式の他にも、人の好き語りを見るのも好きなのでいくつかのファンアカウントも拝見している。たくさんの情報や、見れなかったライブや購入を迷っている配信のレビューをありがたく楽しむ一方で、次第に『しなければならない』が生まれた。
見なければならない、買わなければならない、考えなければならない、つぶやかなければならない……
(残念ながら)同じジャンルで親しくしている人もおらず、直接的にも間接的にも圧をかけられているわけではない。自分で勝手に、他人の推し活を見て、比べて追い詰められているだけだ。自分もこんなふうに楽しめたらと思う反面、人それぞれいろいろな理由で出来る事・出来ない事がある。『ファンの正解』なんてあるわけじゃない(『やってはいけないこと』はあると思っている)のに、目に入るものが正解な気がして気後れしてしまう。
わたしの好きなジャンルはほぼX一強だから、他のSNSでは好きなジャンルの投稿がほとんどなくてさみしい。同じ趣味の人がこっちにも来てくれないかな~!と思う反面、情報に惑わされず自分のペースでいられることがとても楽だ。
これだけが原因ではないけれど、Xは情報を得る場所として割り切って、決まった回数だけ見るようにしている。普段だらだらと見るSNSを別にすると、思い悩むことが格段に減った。わたしのメインアカウントのmastodon Fedibirdで『Fedibirdは家で、Xとかは街(意訳)』と表現されている方がいらして、すごくしっくりきた。
様々な理由で好きなものを純粋に楽しめなくなった話はよく聞く。どうしようもないことはともかく、自分でバランスをとれるものは上手に調整して、いつまでも好きなもの・こと・ひとを好きでいたいなと思う。