先週末、勢いよく飛び出していった寅子が法曹界で自分の意見もろくに言えず「スン」となっていて、あの勢いはなんだったんだと虚をつかれたと同時に、いちど蓋をした感情をまた身につけるのがいかに大変なことかを思い知らされてわたしも「スン」としている。
今週描かれているのはスーパーウーマンの寅子ではなく、ようやく“他の女性たちのように”「スン」をしてしまう寅子である。あんなに嫌っていた「スン」をやめられない寅子は、自責の念を抱きつつ、どうすることもできない。わたしは彼女がようやく、「スン」をしていた女性たちと同じ土俵に立っているのだと自覚したのだと思った。自分の意見を押し込められ、その場を取り繕ったり無になったりして生活をやりすごしてきた女性たち。家父長制に従うしかなく、夫の所有物としてしか存在できなかった女性たち。新しい憲法が交付されても、逃げ場がなくて心を殺して生きるしか無い多くの人たち。法の下の平等は、一瞬で世の中に広がるわけではない。それを理解しているからこそ、さらに環境的に寅子は「スン」をするしか無い状態に置かれている。
寅子にはもう女子部の面々のような仲間はいない。家族は頼りになるけれど、決して裕福なわけではない。同じ土俵で一緒に怒ってくれる人はいない。穂高も花岡も、もう信頼できると思えない。小橋は一応気遣う様子を見せるが、学生時代に損なった信用はそうやすやすと消えるものではない。寅子はまさに孤立無援の状態なのだった。自分が稼ぐからあなたは大学に行きなさい、と言った手前、寅子はその立場や職を失うわけには行かない。
第二部はかなりわかりやすく第一部と対比されていると思う。女子部でよねの圧で転んだ寅子、穂高にぶつかって転んだ寅子。寅子の言葉を遮らないで話させた穂高、寅子の話を遮り自身の主張のみを残して出ていく神保。スン、となる女性たちの前に立とうとした寅子、いまスンとなってしまう寅子の前に立つ代議士の女性たち。
寅子は今までスンをしなくていい環境にいたことを、身をもって突きつけられている。それが恵まれた環境であったことに気がついていないから「どうしてもスンとしてしまう」と苦しんでいるのではないか。それがいいか悪いかは置いておくとして、今、寅子に足りないのは怒りなのだと思う。寅子は常に怒れる虎であり、「はて?」は寅子の怒りの表象だった。小橋の言った通り、寅子は「はて?」であらゆる障壁に向かって突進していく怒りの塊だった。「困っている人々を助け続けます、男女関係なく!」と啖呵を切った寅子はもうここにはいない。いるのは言い方は悪いが、事なかれ主義で場に流されてしまう寅子である。
今の寅子に必要なのは、女子部の仲間のように、同じ土俵で一緒に歩き、怒り、笑える存在なのだと思う。優三の残した言葉だけではだめなのだ。それが寅子の立ち上がる力になったとしても、寅子がこれから先力強く歩いていくためにはサポーターが必要なのである。
わたしはそれがよねであればいいのになと思う。もちろんこれには大きな願望が含まれているわけだけれどもともかく。これは優三が日本国憲法のメタファーではないかという意見から出てきたものだ。優三は兵役に出る時、寅子に「あなたがあなたらしく生きていくこと、それが僕の望みです」と伝える。この言葉が日本国憲法の精神をあらわすものとして優三は日本国憲法として寅子の元に戻ってきたのではないかという説である。それならば、よねが新たな民法のメタファーとして再登場する可能性もあるのではないか。
優三とよねのふたりには、「旧憲法の試験に落ち続けた」という共通点があり、法の世界を諦めた優三と違い、よねは法の世界を決して諦めなかった。己を貫いたまま必ず合格してみせると言い、寅子と同じ職場で働き、そして喫茶では困っている市井の人たちの力になり続けた。よねはずっと戦い続けていたのだ。
寅子の妊娠がわかった時、事務所を出ていったよねに「じゃあわたしはどうすればよかったの」と寅子は尋ねる。よねは「知るか」と言い、「もう二度とこっちに戻ってくるな」と寅子と決別宣言をする。「言われなくてもそのつもりよ」と寅子は言ったけれど、心の底では全くそんなことを思っていなかったことはその後泣きながら六法全書を仕舞い込む姿でわかる。寅子は「逃げた」自分が不甲斐なかっただろうし、悔しかっただろうし、許せなかっただろう。そして「一度逃げた自分が彼女たちと同じ立場にいるというのはおこがましい気がして」という言葉で、その気持ちをまだ引きずっていることもわかる。
その寅子の自身への恥の気持ちを蹴散らしてくれるとしたら、あきらめることなく戦い続けたよねの叱咤ではないかと思うのだ。よねが今どうなっているのか、(本当に死んでしまったのか)、よねが信念を曲げなければならなくなっていたらどうしよう、とか色々あるのだけれど、もしあの男装のままのよねが戻ってきて寅子を見つけたとき、「戻ってくるなと言った」とか「その程度の覚悟で戻ってくんな」とか「腑抜けた面しやがって」とか、言ってくれたらと思うのだ。
今の面子のなかで、寅子の怒りを正確に受け止められる人物がいるだろうか? そもそも彼女から怒りを引き出せる人物がいるだろうか? 彼女があらゆる不平等や理不尽に怒っていたことを知っていて、それを肯定できる人物はいるだろうか? その役割を、男性キャラクターに任せてしまっていいのだろうか? 理解のある伴走者が男性でいいのだろうか? これは男性ではいけないという意味ではなくて、それだと安牌をとってないか? といういち視聴者のただの感想である。わたしがよねの再登場を願っているのはこの部分なのだ。よねに寅子の怒りスイッチを押して欲しい。
寅子とともに議論をし、寅子とともに学び、寅子とともに成長し、寅子とともに働き、寅子に対して迷わず(良いも悪いも)言葉をぶつけ、寅子に対して「わたしもできるだけのことをやるから」と伝え、結果的に決裂してしまった山田よね以外、寅子の足を前へと押しやれる人物がいるのだろうか、と思う。寅子はよねの「もう戻ってくるな」という言葉を深刻に受け止めているけれど、彼女はもう法曹界に戻ってきたのである。それは家庭のためでも弟や子供たちのためでもあるけれど、寅子は寅子の意志で法曹界に戻ってきた。
戻ってきた以上、もしよねが死んでいなくて、諦めずに法曹界に身を置いていたら、そして顔を合わせる時が来たら、「どうせそんなことだろうと思っていた」と呆れた顔で言って欲しい。寅子の臆病になった姿勢をはねつけて欲しい。そして同じ土俵で、怒りを共有して欲しい。
これらはほんとうにただの妄想に過ぎないことなのだけれども、桂場も穂高も小橋も花岡も生きているのだから、女子部のみんなが死んでしまったとは考えたくないし、よねが生きていたっていいじゃないかと思う。
まあきっと、あたらしいキャラクターや出来事が寅子の背中を押すことになるのだろうな、と思いつつ、わたしはまだ山田よねのことを諦められずにいる。よねが生きて寅子の背中を押し、隣を歩くことを諦めきれずにいる。
今週はまだあと二日あるので、どうなることやら、と思っているけれど、今日は(現在朝の4時52分です)花岡と寅子の話がメインになるのかなと思っているのであまり気負わずに見るつもり。もしかしたら轟の安否もわかるかもしれないし。先週の予告で「はて?」と言う寅子が出てきたから、きっとなにか動きがあるのだろう。いうのは最終日かなと思っているが、果たして。
さいごに以上の妄想から描かずにはいられなかったまんがを置いてこの話は終わりにする。寅子はよねの最後の表情を知らないんだよな、と思いながら描いた。寅子の最後のよねの記憶は、あの薄暗い喫茶の中の背中なのだと思うと切ない。
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よねさん、あなたのいない朝がとてもさみしいよ。