ポストクロッシングに登録してから一月半ほどが経ち、わたしの元にもカードが届きはじめました。
日々の郵便配達に混ざる葉書を見つけては、毎回少し驚きつつ、わくわくした気持ちを味わっています。
大慌てで投函した最初のポストカードはドイツへと飛び、十日ほどで受け取られたようです。早い。
急いでいた上に、なにを書けばいいのかもわからなかったので、描かれている地元の風景をたどたどしく説明した、いかにも初心者ですと言わんばかりの内容になってしまいました。
けれど相手の方はわたしの「一通目」をとても喜ぶように、その気持ちが伝わるメッセージを送ってくれました。
ポストクロッシングでは、届いたカードに対してメッセージを送ることができるそうです。
絶対ではないけど、マナーというか暗黙のというか、そんな習慣になっているらしい。なにか一言もらえたら、送った側もほっとしますよね。
今考えると、あの歓迎メッセージは貴重なものだったのかもしれません。彼女が丁寧な反応をくれなかったら、わたしのポスクロは昨年で終わっていたと思います。
次に引いたアドレスはアメリカでした。
プロフィールには二人の写真と名前が載っていて、家族で長年ポスクロを楽しんでいる様子がうかがえます。
ところが、どんなカードでも嬉しいと言う彼らから返ってきたのは「明らかに関心のないことが伝わる定型文」でした。
ポストクロッサー(と呼ぶらしいです)によっていろんな楽しみ方があり、特定のカードを集めている人や、切手の収集家、文通相手を求める人に、好きな絵柄がはっきりしている人、好きな絵柄どころか決まったテーマの葉書だけを受け取りたい人もいるそうです。
このアメリカのご家族には、平均すると日に数枚が届けられている計算です。すでに多くのカードが集まり、お気に入りもたくさんあります。
その中でやって来た、よくわからない英語で書かれた微妙なポストカード……メッセージを目にした時こそショックでしたが、後からちょっぴり申し訳ない気持ちになりました。
その次の方は、封筒での郵送を希望していました。
これもよく考えたらわかるのですが、つまり「好きな絵柄のポストカードを綺麗な状態で集めたい」ということでしょう。
けれどもわたしは真に受けて、手持ちのカードを封筒へ入れてしまいます。
お返事はシンプルに一言「封筒で送ってくれてありがとう」でした。
これにはちょっと落ち込みました。自分の察しの悪さにも、あまりにあっさりとした終わりにも。まだ三通目なので仕方ありません。慣れたい。
なんとなく覗いた先(どこだったか覚えていないのですが)で「初心者にはカードを送りたくない」と話す人がいました。どうやら「初心者には(すぐ辞めてしまうからお気に入りの)カードを送りたくない」という意味らしいです。
運よくわたしは、初めてのお相手からありがたい歓迎を受けられました。
でももし、わずかな差で別の方が選ばれていたら。最初の上限である五人が、偶然みんな素っ気ない反応だったらどうだろう。
もしかしたら、そうして「すぐ」辞めてしまった人もいるのではないかな、と思いました。

十二月に入り、初めて届いたポストカードの一枚です。
街並みや古い建物が好きだと書いたからか、ヘルシンキの写真がプリントされたカード。通っている図書館でよく日本人のグループを見かけるらしい。