ふたりぼっち

 

 「ひとり……ちゃん?」

 

 ある夏の日。私は、幽霊を見た。

 長い桃色の髪。青と黄色の髪留め。季節外れの長袖のジャージ。背中に背負った大きなギターケース。

 何かもかもが全部、記憶の奥底に仕舞い込んでいたはずのあの姿のままで。

 音も匂いも停止した世界の中で呼吸すら忘れた私は、ただ目の前の少女に釘付けになったまま、その場から動けなくなっていた。

 

 「…………喜多ちゃん?」

 

 振り返ったその少女は、きょとんとした表情で私の名前を呼ぶ。聞こえるはずのないその声が、私の頭の中を何度も何度も反響する。

 ありえない。だって、あれはもう10年も前の話で。夢の中ならまだしも、現実の世界に存在するはずがない。10年前の姿のまま、私の目の前に現れるはずがない。

 居るとすれば、それは幽霊でしかあり得ない。

 私は、えも言われぬ恐怖と、泣きたくなるほどの懐かしさに襲われる。逃げたい、もっと近くに行きたい。相反する感情がせめぎ合って、私の全身を更に固くする。

 そうこうしているうちに彼女は私の近くにまで歩いてきて、下からジッと、私の目を覗き込んできた。

 不安そうな、何かを確認するようなその瞳に、私の心の全てが見透かされるような気がして、思わずギュッと目を瞑った────次の瞬間。

 「やっぱり喜多ちゃんだ! 久しぶりー!」

 「…………あ、えっ?」

 底抜けに明るい声が耳に飛び込んできて、私は弾かれるように瞼を開いた。

 そこに居たのは、あの日の少女……ではなく、それに非常によく似た、桃色の短髪に、左右二つの髪留めを付けた少女だった。

 

 「…………もしかして、ふたりちゃん?」

 「はい! 後藤ふたりです! えへへ、覚えててくれたんだー!」

 「う、うん。……本当に、久しぶりね」

 

 まさか、あなたのお姉さんと見間違えました、なんて言えない。

 私は内心で冷や汗をかきながら、10年ぶりに再会した彼女────後藤ふたりの無邪気な抱擁を、されるがままに受け入れるのだった。

 

 

 

 

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以前ちょこっとだけ書いていたふた喜多SS、その冒頭の切れ端です。

色々あって結束バンドを辞めてしまった喜多郁代は、その10年後、街中で後藤ふたりと思いがけず再開して……みたいなお話です。

「色々あって」の部分は省略しちゃダメでしょ! と思うかもしれませんが、そこを書こうとすると切れ端に収まらないのでご容赦ください。(ヒント:ぼ虹前提のふた喜多という闇ジャンル)

この世界線の喜多ちゃんとふたりちゃんはどちらもかなり重い感情を抱えて、特にふたりちゃんは「喜多ちゃんが大好きだけど私にはそれを伝える資格がない」というややこしい拗らせ方をしています。

感情なんてなんぼ重くてもいいですからね。解消したときのカタルシスも、そのままズルズルと落ちてしまう背徳感も……そういうのを上手に書けたらいいなーと思う今日この頃です。