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今日もおつかれ!-2026年11月1日

nameKo
·
公開:2026/11/1

だいたい2ヶ月ぶりの日記。

調子が良くない時、感情や不調そのものよりも身体症状を先に自覚する。私の場合、既にある予定はこなせるものの、睡眠の優先順位が上がってそれ以外がおろそかになりがち。大抵風呂が後回しになる。普段に比べて文字が書けない読めない、ちょっとしたことで泣けてくる、色々なことに興味が持てない/もしくは興味があっても動けないetc. でも外に出たらいつも通り動けるので自覚がしづらい。今回は8月頃からおそらく10月いっぱいくらいまで浮き沈みはありつつ調子が悪かった形。ただ、学生時代を思い返すとだいたい毎年4、5月頃が一番元気で冬に向かって調子が崩れ、2月か3月頃から調子が上がり始めるルーティーンだった気がするのでそんなものかも。

先日AroAce関連のワークショップに参加して、その中で自分のラベルを選ぶことよりも違うと認識することの方が共通してはっきりしていたのが印象深かった。アロマンティックもアセクシャルも(これは今回のワークショップとは関係がなかったけどAジェンダ―も)、「ない」ことを自発的に選び取るのって難しくて、いつも他者との関わりの中で周囲との違いや自分の立ち位置について気づかされる。社会のほとんどのアロロマ、アロセク、二元的な性別に違和感がない人たちと関わった時、この人たちが当たり前に共有している感覚が自分にはないんだと感じると同時に自己が確立されていく。20代くらいまでは自分がみんなと同じ道を無理やり歩かされていることに気づく時期で、ここからは多分自分で道を舗装しながら進んでいく時期なのかもね。この前大学の友人と久しぶりに会った時、お互い出会った当時はこの年齢でまだ生きてることなんて想像していなかったっていう話をした。20代の当時の自分からしたらこの先は全く未知で、なんでもできるじゃんと思った。QPRの実践の話題でもロールモデルがいないから自由な分難しいという話が出ていたけれど、自分が心地良くあるために違和感への感度を上げて気づいてどんどん外していく作業が必要。逆に違和感がないところにはその場での特権性がある。他者と同じだと安心することと排除は結構近い位置にいると思う。つまり、QPRの実践もそれ以外の他者との関わりも、相手が自分と同じ前提を持っているとは限らないというところから始めないと破綻するよなと思っている。