「ねぇ、ローラー滑り台の心、まだ覚えてる?おしりの皮むけたの」
「あぁ、そんなんあったなぁ。結構前やな、何年前だ?」
息子と夫の会話。その時の「記憶」「思い出」のことを「心」というコトバで言い表しているのがオモシロイな、って思って。
思い出というのは、心そのものなのかもしれない。その人の心を形作るのは、その人の集めてきた思い出たち。
わたしの思い出は、わたしの心。愉快なものも不愉快なものも含めて。
「ねぇ、ローラー滑り台の心、まだ覚えてる?おしりの皮むけたの」
「あぁ、そんなんあったなぁ。結構前やな、何年前だ?」
息子と夫の会話。その時の「記憶」「思い出」のことを「心」というコトバで言い表しているのがオモシロイな、って思って。
思い出というのは、心そのものなのかもしれない。その人の心を形作るのは、その人の集めてきた思い出たち。
わたしの思い出は、わたしの心。愉快なものも不愉快なものも含めて。