ケセランパサラン

moni1375
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「ケセランパサラン」

夜道で毛玉を拾った。

真っ白な……キーホルダーとかストラップにありそうなふわふわのやつ。

そいつを拾った時、俺の手の中にすっぽりと収まった。

手の中でモゾリと動いたような気がして、俺は慌てて手を離した。

地面に落ちたそいつは、動かなかった。恐る恐るまた手に取ってみた。

動かなかった。

でも妙に温かく、作り物のおもちゃにしては肉の詰まった重量感とでもいうか、毛の下の皮膚の弾力とかそんなものを感じることができた。

生き物なのか?

手も足も耳も目も見当たらない。ただ白いフワフワがあるだけで……。

試しに撫でてみると柔らかくて気持ちよかった。

持って帰って紙の箱に入れた。つついてみても、何も反応を返さない。

でも生きている感じがする。だから捨てられなかった。

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「きっとケセランパサランですよそれ!」

興奮気味に会社の後輩が言った。

「ケセラ……?」

「はい。飼ってる人に幸運を運ぶと言われているんです。見付かること自体がとっても珍しいものなんですよ」

妖怪好きの後輩の言葉を聞き流しながら、俺は手の平の上でケセランパサラン(仮)を転がした。

相変わらず微動だにしない。

「で、何食べるのこれ」

「箱の中で何年も飼ってた記録もあるから、別に何もいらないんじゃないですかね? 一説によるとお白粉を食べるそうですけど」

「ベビーパウダーじゃだめ?」

「うーん、今の化粧品じゃ化学物質とか入ってそうだし……」

後で昔のお白粉が売ってるかググってみよう。

とりあえず帰ったら箱の隅に小皿に水を置いてやることにした。

帰って来て覗くと水が減っているような気がしたが、単に蒸発しただけかもしれない。

数日後、いつものように仕事を終えて帰宅すると、紙箱の中から小さな声が聞こえてきた。

「ぴぎゅっ!」

急いで蓋を開けると、そこには白い綿毛が増えていた。

…………分裂?

聞こえてきたと思った声は、その後はうんともすんとも言わなくなった。

寝てんのかこいつ? しばらく観察していたが、動く気配はなかった。

翌日になると更に増えていて、気づけば5匹になっていた。

さすがにこれ以上増えたら紙箱に入りきらなくなると思い、段ボール箱に増えた分を移し替えてやった。

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やがて毛玉は、毎日少しずつ増えていった。

その頃から俺は、だんだん仕事でミスをするようになっていった。

部屋には白い毛玉が増えて行った。

「先輩最近調子悪いですね」

「あぁ。ちょっとな」

「大丈夫ですか?」

「うん、まあ何とか」

心配してくれる後輩に笑って返した。

ある日、上司に呼び出された。

「お前、やる気あるの」

「いえ、あの……すみません」

「謝るくらいならちゃんとしろ。この忙しい時に」

「はい……」

仕事がうまくいかなくなり、家に帰れば増える毛玉。

この頃には段ボールからも溢れだし、部屋の中はまるで雪山みたいだった。

「幸運を呼ぶ生き物じゃなかったのかよ……」

何でこんなことになったのか。

俺は唯一の陣地となっていたベッドに倒れ込んだ。

「もう嫌だ。全部捨てちまいたい……」

その瞬間、急に体が重くなった。

起き上がれなくなってしまい、必死にもがいた。金縛りという奴だろうか。

誰かに押さえつけられてるみたいな感覚だった。

俺は疲れていた。

幽霊だか何だか知らないが、

「誰だよ! 出てこいよ!!」

その時だった。

ドスン!という音と共に、天井から足元に何かが落ちて来た。

それは、俺と同じくらいの大きさの毛玉だった。

そいつがもぞもぞ動いて、ゆっくりと目を開けた。

淀んだ真っ黒な瞳だった。

ああ、これは俺だ。

それがだんだん近付いて来て、真上に覆い被さった時、俺は意識を失った。

携帯の着信音で目を覚ました。

時計を見ると夜中の2時。

親戚のおばさんからだった。

「お母さんが倒れたのよ!」

それからのことはあんまり覚えていない。

病院に駆け付け母を看取り、通夜の準備だとか葬式の喪主だとか、分からないことだらけで、気づいたら全部終わっていた。

そして戻って来た部屋に一人きりになり、白い毛玉の重みに埋もれながら、俺は生まれて初めてぐっすり眠れたのだった。

もういつくるか分からない母親の電話やメールに怯えなくていい。

幼い頃から頭の中に四六時中常に繰り返されてる罵倒や否定も、もう気にならなかった。

朝になった時、周りには何もなかった。

「あいつらどこいった!?」

慌てて最初の一匹の箱の中を覗いたが、そこには何もいなかった。

「えぇ……マジか」

あれだけいたのに。一匹もいない。

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数ヶ月後。

「先輩、新しい職場でも頑張ってくださいね」

「ありがとう。頑張るよ」

「ところでどうなりました、あれ。ケセランパサラン」

「あれなあ、いなくなっちゃったんだよ」

「そうなんですか? 残念だなぁ。増えたんなら一匹くらいもらえば良かった。……飼ってて何かいいことってありました?」

「ああ」

俺は晴れ晴れした気持ちで笑顔で答え、さらに一年後、白い毛玉の消えた部屋を後にした。