DDSAT オブ+セラ

moni1375
·

オブライエンとセラ(というよりオブライエンとテクノシャーマン)。オリキャラ注意。小説版未読。


「ねえ、ヒート先生」

ベッドに横たわる黒髪の少女が話しかける。

「お日様に会いに行く時、廊下でいつもすれ違う女の子を知っている?」

この子ももう永くない。

いつもの検診を機械的にこなしながら、ヒートは思った。

つやを失って乾いた肌に、枯れ木のように細い腕、何より今まで何度も見送ってきた穏やかで透明な表情が物語る。

テクノシャーマン……神と交信できる唯一のツール。

彼女達はヒートにかつて亡くした、幼い記憶の底に眠る少女を思い起こさせる。

何も考えるなと、ヒートは幾度目になるかも分からない言葉を頭の中で繰り返した。

「さあ、後はこれで終わりだよ」

力ない腕をとって、機器を取り付けていると、天井を見上げていた少女がぽつりとつぶやいた。

「わたし、もうすぐ死ぬのね」

まるで心を読まれたようでヒートは内心動揺した。

少女は静かに微笑んだ。

「別にいいのよ。分かってたことだもの。誰にでも、いつか訪れることよ。怖くはないわ」

これも彼女達の特徴のひとつだった。

幼児と言っていい年齢の幼さを残しながらも、老成した精神のアンバランスさ。

「でもね、ただ……」

「ただ?」

「ただ、あの子も、こんな風にひとりで死んでしまうと思うととても悲しくなるの。自分のことは平気だと思うのに、おかしいわね、こんなの」

「あの子?」

「廊下で私を見ると笑いかけてくれるの。手を振ってくれることもある。妹って、居たらきっとこんな感じなんだわ」

宝物を見せる時の子供のように嬉しげに話す彼女がひどく眩しく、ヒートは顔を見れずに、視線を逸らして黙ったまま、検査の機器を外していく。

そんなヒートに、少女は静かな声で語りかけた。

「あのね、ヒート先生……」

「……」

「私はいなくなるけれど、先生、あの子を守ってあげて欲しいの」

手が止まる。無理に決まっている。今まで何人も何人も、非人道的だ、こんな事が許されるのかと自問しながら、大きな進歩に犠牲は必要なのだと己に言い聞かせて見殺しにして来た。

死にゆく少女の最後の願いも、叶えてやれることはない。

友人と違って、一時の安心を与える気休めを言ってやることも出来ない自分の性格を恨んだ。

「大丈夫よ」

はっとしてヒートは少女の方を見たが、既に彼女は目を閉じていた。

「少し眠りたいわ……。明りを落として行って」

「あ、ああ……」

ヒートは逃げるようにして病室を後にした。

[---]

「ねえ、ヒート先生」

ベッドに横たわる黒髪の少女が話しかける。

「お日様に会いに行く時、廊下でいつもすれ違う女の子を知っている?」

口ベタな自分はいつもろくな返事などしてやっていないのに、気にせず彼女は話し続けている。

「いつも私の顔を見ると笑いかけてくれるの。とても優しそうな子。最近見かけないけれど、あの子はね、“外”に行ったんですって。サーフ先生が言っていたの。いい子にしていたからそのご褒美なんだって。海にも行くのよ」

楽しそうに語る少女は無邪気そのものだ。

「海の水って冷たいのかな?動画でしか見たことないけれど、皆で行ったらきっと楽しいわ。サーフ先生とシエロ、ヒート先生も……あ、アルジラさんも!」

明るく振舞っているが、顔色は悪い。肉体の苦痛は想像するに余りあった。

このままでは彼女も間違いなく早晩死ぬだろう。彼女の能力は今までのシャーマンの中で抜きん出ており、残された時間を利用しつくそうと、実験は過酷だった。

「セラ」

「?」

「……大丈夫か」

少女はきょとんとした顔になった。

今までヒートは彼らを気にかけてはいても、その思いを彼らに直接口にすることはほとんどなかった。

「あ、いや……、あまり体調が酷いようなら、あいつに……」

訥々と言葉を紡ぐヒートに、セラが笑顔になる。

「ううん、これくらいなら我慢できるから全然平気なの。私が頑張れば、皆喜んでくれるんだもの。だから頑張らなくちゃ」

施設の中だけの世界しか知らず、実験が周囲の幸福の為になると彼女は素直に信じている。

自らの言葉の虚しさを突きつけられる。

何を思った? 実験を中止出来たところで明らかに彼女は手遅れで、すでにこの場所以外で生きられない。ならせめて最期までの時を苦痛なく、穏やかにと……?、何という欺瞞だ。

望まぬさだめを背負わされて生まれた子どもたち。

かつて亡くした血を分けた少女のような、神の気まぐれですらなく、人の手によって。

(ああ)

自分の中の何かが、限界だと告げていた。「ヒート先生……?」

気が付けばヒートはセラのベッドの傍らに膝をついていた。

肘を付き、まるで祈るように、声を殺して泣いていた。

「ど、どうしたの?ヒート先生」

驚いたセラが半身を起し、おろおろとヒートの顔を覗き込む。

「ねえ、どこか痛いの? 待って、今コールするから」

ヒートはセラの手を掴んで止めた。乾いた、骨ばかりの手だ。

あの日の自分の求めていたものは何だったのだろう。

友人が語り、同僚の女性が声高に主張したもの。

何者も理不尽に苛まれることのない世界。人類のあるべき姿。宇宙の、神の真理。

違う。

こんな簡単な事さえ理解しようとせず、蒙昧な大衆と嘲るその卑小さにさえ気付かない自分達こそが、人の愚かさそのものだ。

「泣かないで、先生」

セラの両腕が、包み込むようにヒートの肩を抱いた。

(……セラ、君は、いや君達は)

人を赦してくれるだろうか。

だがそれを彼らに問う資格は、とうの昔にないのだ。

[---]

ヒートは机の引き出しの奥から銃を取り出し、卓上に置いた。

護身用に随分前に購入したものだ。もちろん使う機会などなく、ずっとしまいこんだままだった。

それを白衣のポケットに入れようとして手を止めた。

しばらく逡巡した後、弾を全て取り出し、改めてそれを収める。

友人は何と答えるだろうか?

たった数年前であるはずなのに、理想を語りあったあの日々はもうずっと遠くに感じる。

いつか確かに共有した、彼の中の思いは変わらずにいるのだろうか。

いや、変わったのは自分の方なのか………。

しかしもう決めていた。もう戻らない。

これから成そう。やっと思い出した、かつての己自身の心に問うた、自分がするべき事を。