07 渦巻く怒りと殺意

monkichi
·
公開:2026/6/19

07 渦巻く怒りと殺意-妄想散歩-

渋滞中とはいえ、自動車の列の横を歩いて追い越して行くのは案外気持ちがいい。

バイパスは、公園からやや右回りに大きく弧を描くように曲がっている。

このままバイパス沿いに歩けば、やがて我が家のある団地の反対側の入り口まで繋がるのだが、、

このまま散歩が終わってしまうことが少しもったいない気がして来て、せっかくここまで来たのだからもう少し足を伸ばしてみようと思い立った。

まずは次の交差点を左に曲がる。その先にあるスーパーを目指す。食品売り場は24時間営業だ。

駐車場を歩いて通りすぎ、店内に入った。

朝の静かな店内と思いきやレジ周りが人だかりでなんだか騒々しい。

というよりは、、空気が凍りついているのを感じた。もっと正確に言うなら、**「レジ前で、怒りと殺意が渦巻いている」**だ。

朝9時前、郊外の巨大スーパー『メガスパ・団地前店』。

普段は自動車でしか行かないこの店に、ジャージ姿で歩いて入る新鮮さは、瞬時に吹き飛んだ。

原因は明白だった。

4台ある稼働レジのうち、3台は朝の混雑(というより、バイパス渋滞に業を煮やして飛び込んできたドライバーたち)を捌ききれず閉鎖。残る1台のレジには、今日が初日とおぼしき、名前もまだ手書きの初心者パート女性(推定年齢20歳、震えが止まらない)が、信じられないほどスローペースで商品をスキャンしていた。

「……ッ、これは!」

私は、並んでいる客の脇から、その騒動を観察することにした。

最前列では、上下スウェットで金髪、見るからにヤンチャ風なお兄ちゃんが、パート女性に完全に絡んでいた。

「オイ! 遅せえんだよ! 何分待たせる気だ? あぁん?」お兄ちゃんがレジカウンターを拳でバンバン叩く。

「ひっ、すみ、すみません……」パート女性は、スキャンしたはずの『朝採れ野菜セット』をもう一度スキャンしようとしてエラー音(ピーーーー!)を響かせる。

お兄ちゃんの怒りは頂点に達した。

「ふざけんな! 俺の時間を何だと思ってんだ!」

彼は右拳を大きく振り上げた。

「え、あ、ダメ!」私は、お兄ちゃんの拳がパート女性に当たるのではないかと、反射的に声を上げようとした。

その時だった。

ヤンチャなお兄ちゃんが、振り上げた拳をたまたま次のレジ待ち行列にいた、あのお爺さんに向けて放ちそうになったのだ。

「!」

あの庭でダチュラ(悪魔のトランペット)を育てていた、あの謎の老人。

また会いましたね、声をかける暇もなかった。

お爺さんは、お兄ちゃんの拳が自分の鼻先をかすめようとした瞬間、見事な――いや、あまりに見事すぎて、まるで時間が止まったかのような――身のこなしでそれをかわした。

「……ふぇ?」

ヤンチャなお兄ちゃんの拳は空を切り、彼自身の体がバランスを崩して、お爺さんの体に倒れ込んだ。

「あーらら、これはお気の毒に。ふらふらするからじゃよ」

お爺さんは、倒れ込んでくるお兄ちゃんの体に、まるでふらふらっと倒れ込むフリをしながら、手元の杖の先をお兄ちゃんの特定の場所に!偶然なのかどうなのか(絶対に偶然ではない)、見事にのしてしまった。

お兄ちゃんは、レジ前の床に『団地前店自慢の国産牛肉(1kg)』と並んで、白目をむいて倒れ込んだ。

パート女性は、さらにエラー音(ピーーーー!)を響かせ、行列はさらに混乱した。

「……あ、あの……?」私は、お爺さんの身のこなしに、ただ驚愕するしかなかった。

そんな大騒動の中、さらに伝説のレジ担当が2人、ついに登場した。

時計は9時ちょうどを指していた。

今日はたまたま2人揃って遅番で、9時出勤だったのだ。

伝説のレジ1:『スキャンの女王』ミツコ(推定年齢58歳、勤続30年)。

彼女は、レジ回りの騒動を一瞬で把握した。

「……ミッション・スタート。目標、行列の排除。障害物、金髪の男」

ミツコは、閉鎖されていたレジに飛び込むと、1人で2台のレジを同時に稼働させ、あっという間に商品をスキャンし始めた。 彼女のスキャン速度は光速を超え、スキャン音が(ピッピッピッピッピッピッピッピッピッ!)と、まるで一繋がりの音符のように響いた。

伝説のレジ2:『レジカウンターの魔法使い』ヨシコ(推定年齢55歳、勤続28年)。

ヨシコは、閉鎖されていたレジに入り、同じく1人で2台のレジを同時に稼働させ、見事な手捌きで顧客の支払いを捌き始めた。 彼女は、顧客の出す小銭を(カランカランカランカランカランカランカラン!)と、まるで魔法のように瞬時に計算し、釣銭を(ジャラーン!)と、まるで宝箱を開けたかのような音と共に渡した。

2人の伝説的な手捌きにより、レジ行列は、まるでモーセが紅海を割ったかのように、あっという間に消滅した。

9時10分。

店内は、いつもしずかな朝のスーパーの装いになった。

パート女性は、ミツコとヨシコに「……まだまだ甘いわね」と指導されながら、スキャン速度を(ピッ、ピッ)と、なんとか回復させていた。

「……す、凄い」

私は、伝説のレジ2人の手捌きに、ただ圧倒されるしかなかった。

しかし、最も驚いたのは、お爺さんの姿だった。

レジ前に倒れ込んでいたはずのヤンチャなお兄ちゃんは、すでに起き上がって、店長に「……俺の、俺の国産牛肉(1kg)は?」と、弱々しく絡んでいた。

だが、あの庭でダチュラを育てているお爺さんは、もうどこにもいなかった。

「……また、消えた」

お爺さんが残した私の違和感は、私の心に深く刻まれた。

私は、そのあと、悠々と昼の食事の材料を買い物のいくことにした。

ジャージ姿で歩いてスーパーに行くのは、意外にも新鮮で、そして、とてつもなくコミカルでドタバタな体験になった。

@monkichi
妄想散歩 お出かけしましょう #妄想散歩