02 決戦は池のほとり

monkichi
·
公開:2026/6/18

02 決戦は池のほとり-妄想散歩-

スマートウォッチの歩数はそろそろ3000歩。

古い路地を抜け、団地の端にあるお気に入りの池へと差し掛かった時のことだ。

「フシャアアアアーーーッ!!」

「ウニャアアアアーーーゴ!!」

静かな池のほとりに、およそ朝の散歩には似つかわしくない、激しい威嚇の声が響き渡った。

声の主は2匹の野良猫。1匹は鋭い目つきのキジトラ、もう1匹は耳の欠けた白黒のブチ猫だ。2匹は背中を丸めて毛を逆立て、今にも飛びかからんばかりに睨み合っている。

ふと彼らの間に目を落とすと、そこにはピチピチと跳ねる、1匹の小さな銀色の小魚。

「やれやれ、朝からエサの取り合いか。どっちも譲らないねぇ」

私はその微笑ましくも必死な弱肉強食の光景に思わずクスリと笑い、彼らの縄張り争いを邪魔しないよう、そのまま歩みを止めることなく池を後にした。

しかし、私が微笑ましく見つめていたその小魚の争奪戦には、人間に知る由もない、彼らなりの「絶対に譲れない理由」があったのだ。

2匹の騎士(ナイト)と、ちいさな贈り物

キジトラの「トラ」と、白黒の「ブチ」。彼らはこの池の周辺を縄張りにする、気性の荒いオス猫同士だった。いつもなら魚の1匹くらい、強い方がぶんどって終わるはずの力関係。

しかし、今日の2匹がここまで必死なのは、自分の胃袋を満たすためではなかった。

池から少し離れた、古い物置の床下。そこには数日前、命がけで4匹の子猫を産んだばかりの、衰弱した三毛猫の母親が静かに眠っている。

トラにとっても、ブチにとっても、彼女は密かに思いを寄せる、このエリアのマドンナだったのだ。

「あいつ、最近何も食べてない。俺がこの魚を持っていってやるんだ」

「ふざけるな、俺のほうが先にこの魚を見つけた。あいつを喜ばせるのは俺だ!」

言葉は交わさずとも、交錯する視線がそう物語っていた。

彼らにとって、その小魚はただの食事ではなく、愛するマドンナへ捧げるための「至高のプレゼント」であり、男のプライドをかけた騎士の決闘だった。

「フシューーーッ!」(俺が持っていく!)

「ニャーーーゴ!」(俺の邪魔をするな!)

彼らは一歩も引かない。しかし、お互いに手を出して傷つけ合えば、その間に他のカラスに魚を奪われるかもしれない。何より、大怪我をすれば彼女を守ることもできなくなる。

2匹は膠着状態のまま、唸り声を上げ続けた。

やがて、私の足音が完全に遠のき、池の周囲に再び静寂が戻った頃。

ピチピチと跳ねていた小魚が、ついに静かになった。

トラとブチは、同時にその場にへたりと座り込んだ。散々声を張り上げたせいで、どちらもすっかり体力を消耗している。

ブチがフン、と鼻を鳴らして小魚に片手をかけると、トラの方へ差し出した。

「……おい。お前の方が足が速いだろ。カラスに捕まらないように、さっさと持っていけ」

トラは驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの不敵な表情に戻り、ブチの肩に頭をゴツンとぶつけた。猫の世界の、親愛の挨拶だ。

「フン、貸しにしとくぜ。次は俺がもっとデカい魚を捕まえてやる」

トラは小魚を優しく口にくわえると、物置の床下へ向かって一直線に駆け出した。ブチはその誇らしげな後ろ姿を、どこか満足そうに見送っている。

いつの間にか2匹の間に流れる空気は、戦友のような温かいものに変わっていた。

そんな彼らの大真面目で不器用な恋模様など露知らず、私は「今日は何歩まで伸ばせるかな」とスマートウォッチに目を落としながら、初夏の木漏れ日の中をご機嫌に歩き続けていく。

@monkichi
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