
06 騎士再来-妄想散歩-
いつもならたくさんの親子連れやカップルで賑やかな公園だが、まだ早い時間ということもあって、バーベキューの準備をしている2件の家族が遠くに見えるだけだ。
ベンチに座って足元の疲労が落ち着いたので、私は立ち上がり、贅沢に誰もいない芝生の広場の中腹まで進んだ。
広々とした開放感に身を任せて、そのまま大の字になって寝転んだ。
じりじりと照りつける初夏の日差しが、直撃して目にささってまぶしい。少し目を閉じていると、心地よい疲れと眠気が一気におそってきて、私はいつの間にか深い意識の底へと落ちていった。
すぅ...すぅ...すぅ...。
“人間”がそんなふうに無防備極まりない姿で爆睡し始めた頃。
芝生の青い匂いに混ざって、トコトコ、ズシズシと、いくつかの小さな足音が近づいてきていた。
「おい、見ろよ。さっきの“人間”、あんなところでひっくり返ってるぞ」
声を潜めて言ったのは、あの池の物置から一直線に走ってきたキジトラの「トラ」だ。マドンナの三毛猫へ小魚を無事に届け終え、戦友となった白黒の「ブチ」と一緒に、少し足を伸ばしてこの公園まで朝のパトロールにやってきていたのだ。
さらに、その2匹の後ろには、トラから小魚を分けてもらって少し体力の回復したマドンナの三毛猫、そして彼女の小さな子猫たちまでもが、物珍しそうにトコトコとついてきていた。
「死んでるのか?」
ブチが緊張した面持ちで、大の字の私の足元をクンクンと嗅ぐ。
「いや、寝てるだけだ。腹が動いてる」
トラが私の枕元まで回り込み、鋭い目をさらに細めて顔を覗き込んだ。
「ふん、人騒がせな。さっきは俺たちの決闘をニヤニヤ見てたくせに、自分はこんなところで間抜けな面して眠りこけやがって」
猫たちはひとまず安心し、私の周りで思い思いにくつろぎ始めた。子猫たちは私の投げ出した手の先をおもちゃのように前足でちょんちょんと突き、三毛猫は私の足元で優雅に毛繕いを始める。
しかし、じりじりと強くなっていく太陽の光が、私の顔を真っ向から照らしつけている。
「……おい、このままだと、この“人間”干からびるぞ」
トラが私の眉間にシワが寄り始めたのを見て、ペシッと尻尾で地面を叩いた。猫たちにとって、この直射日光のなかで帽子もかぶらずに寝るなど、正気の沙汰ではない。
「恩返し、しなきゃね」
三毛猫が小さな声で鳴いた。さっき、この人間の気遣い(ただ素通りしただけなのだが)のおかげで、トラはカラスに奪われることもなく、無事に小魚を届けることができたのだ。
「しゃあないな。おいブチ、やるぞ!」
「おう!」
2匹の騎士が立ち上がった。彼らが考えた「日差しガード作戦」は実にシンプルだった。
トラとブチが私の頭の両脇にピタッと並んで座り、自らの体で影を作って、私の顔に当たる直射日光を遮ろうというのだ。
「よいしょ……これでどうだ?」
「だめだトラ、お前の頭じゃ、おっちゃんの右目のあたりしか隠れてないぞ」
「じゃあ、もっと体を伸ばすか」
2匹は私の顔を挟んで、精一杯背伸びをしたり、前足をグッと伸ばしたりして「生きた日よけ」になろうと奮闘し始めた。だが、猫の体では人間の顔を完全にカバーするにはサイズが小さすぎる。
そのうち、子猫たちまで「ぼくたちもやるー!」とジャンプして私の胸の上に飛び乗ろうとした。
「バカ、乗るな! 起きちゃうだろ!」
慌てて三毛猫が止めに入るが、その騒ぎで、トラとブチの体勢が崩れる。
「うわ、日差しが漏れた!」
「おい、おっちゃんがうなされ始めたぞ!」
眩しさと、耳元で繰り広げられる猫たちのバタバタした気配で、私の意識が急激に覚醒へと向かい始める。
焦ったトラとブチは、もうなり振り構っていられなくなり、私の耳元に顔を近づけて全力の声を出した。彼らにとっては精一杯の「起きろ!」という警告の怒鳴り声だ。
『なーーーー!!(起きろ!)』
『ニャーーーゴ!!(焦げるぞ!)』
『なぁ〜〜〜〜ん!!(はやく日陰に行け!)』
それが、私の夢うつつの脳内で、なぜか人の声のように変換されて響き渡った。
「ーーーさん!」
「ーーーさんってば?!」
「ーーーさぁ〜〜ん」
「……っは?!」
と目が覚める。
時計を見ると、多分10分ぐらいしか経っていない。
誰かが声をかけてくれてて目が覚めたはずなのに、周りにはそれらしき人はいない。
バーベキューの家族はまだ遠くで火を起こしている。
夢かな?
ガバッと勢いよく私が飛び起きたその瞬間、私の頭のすぐ横にいたトラとブチ、そして足元にいた三毛猫親子は「ヒャッ!」「うわっ!」と文字通り飛び上がって大パニックを起こしていた。
しかし、そこは誇り高き野良猫たちだ。人間に慌てふためく姿を見せるわけにはいかない。
彼らは私が目を開けた瞬間の、わずかコンマ数秒の死角を突き、ものすごい身体能力で、私の真後ろにあるゴミ箱の影へと全員で一斉に滑り込んだ。大きなキジトラも、耳の欠けたブチも、子猫たちをくわえた三毛猫も、一列になってシュシュシュッと影に隠れたのだ。
きょろきょろと辺りを見回す私。
その時、実は私のすぐ後ろのゴミ箱の裏では、トラとブチが壁にピタッと張り付き、子猫たちは三毛猫の腕の中で口を塞がれ、全員がゼェゼェと荒い息を吐きながら、ハートを激しくバクバクさせていた。
(危ねぇ……心臓止まるかと思ったわ……)
(でも、ちゃんと起きたな)
私はスッキリしない目覚めを体験して、気分を切り替えるように、持っていた空のペットボトルをゴミ箱へ向けて勢いよく放り込んだ。
「カシャン!!」
ゴミ箱のプラスチックにボトルが強烈に命中したその瞬間、裏にいた猫たちは「ビクゥッッ!!」と全員で一斉に飛び上がり、お互いの足を踏んづけ合いながら、さらに奥の植え込みへと音もなく蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
そんな裏での大騒動など微塵も知らない私は、「さて、散歩もやっと半分か」とスマートウォッチに目を落とし、すっきりしない頭のまま、次の歩数を刻むために公園を後にしたのだった。