第2章 04:嵐の日に眠る、台風とエル・ドラド(前編)-妄想散歩-

monkichi
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公開:2026/6/28

04:嵐の日に眠る、台風とエル・ドラド(前編)-妄想散歩-

『――超大型な二つの台風。大気の重い湿度を抱え込んだ二つの巨大雨台風が、日本列島を挟み込むように北上しています。すでに関西以西では、記録的な大雨による土砂災害や河川の氾濫、住宅の浸水被害が相次いで報じられており……』

テレビの画面は、濁流と化した川や、激しく打ち付ける横殴りの雨の映像をこれでもかと映し出している。ネットのタイムラインを開けば、そこも悲鳴のような言葉で溢れかえっていた。

【ネットの反応】

「線状降水帯が居座りすぎて、もう丸一日バケツひっくり返したような雨なんだが」

「新幹線も在来線も全滅。完全に陸の孤島と化した」

「ゲリラ豪雨のレベル超えてる。ライフラインだけは死守してくれ……!」

そんな日本中の喧騒をよそに、我が家のリビングで、私は窓の外をじっと睨みつけながら猛烈にうずうずしていた。

昨晩から始まったこの台風騒ぎ。暴風雨の音は今朝になっても一向に鳴り止む気配がない。気象予報士によれば、二つ目の台風がこの東海地区を完全に通り過ぎるのは、早くても明日の朝だという。

「……行けない」

そう、散歩に行けないのだ。

いつの間にか私の脳内に深く刻み込まれた、「毎日散歩に出かけ、スマートウォッチの歩数を刻まねばならない」という謎の義務感。それが今、「物理的に外出不可能」という絶対的な現実と正面衝突を起こしていた。

私の頭の中では、

*『歩数を……! せめて3000歩だけでも刻むのだ……!』*という散歩脳の叫びと、

*『バカ言え! 外は最大風速40メートルだぞ! 傘が即座に大破するわ!』*という理性の声が、パチパチと激しい火花を散らして激突している。

この脳内大戦のせいで、テレビから流れる避難指示のニュースも、スマホの警報アラームも、今の私には一切右から左へ通り抜けていく。とにかく歩きたい。歩数が足りない。うずうずが限界を突破し、リビングを何往復もウロウロし始めたその時。

キッチンから温かいコーヒーを淹れてやってきた奥さんが、そんな私を少し面白がりながら、だけどしっかりと優しさと愛情を込めた口調で、助け舟を出してくれた。

「ねえ、そんなにうずうずしてリビングの床をすり減らすくらいなら、ちょっと面白い『明日の作戦』を立ててみたら?」

「作戦……?」

私が足を止めると、奥さんはクスッと笑って続けた。

「ほら、うちのこの団地。今でこそ綺麗な住宅地だけど、できる前のはるか昔……そうね、江戸時代くらいには、この辺りってすごく高級な『宝石』が出土する場所だったらしいのよ」

「ほう、宝石……!」

男のロマンを刺激する単語に、私の耳がピクリと動く。

「そう。当時のお金持ちの商人たちが、一攫千金を狙って大勢の人手を雇ってね。この周辺の山を掘って掘って掘り進めた、深くて大きな穴……というか、もはや地下に広がる迷宮みたいな巨大な洞窟があちこちにあったんですって。今でも一部のコアな歴史ブロガーの人たちが、この地域をこっそり散策しては『見つけた!』って記事を上げてたりするのよ」

奥さんは窓の外の遮るもののない豪雨を見つめ、悪戯っぽく微笑んだ。

「これだけの大雨よ? もしかしたら、近くの未開発の山肌がガッツリ削れて、明日にはその隠された『幻の洞窟』がポッコリ顔を出してるかもしれないじゃない? 今のうちに昔のこの辺りのことをネットで調べておいて、明日、台風が綺麗に去ったら、第一発見者になりに散歩がてら探しに行ってきたらどう?」

――ドガァァァン!!!

妻の言葉が終わるか終わらないかのうちに、私の脳内で激しい閃光が走った。火花を散らしていた散歩脳と理性が、一瞬で「宝探しモード」へと完全融合を果たしたのだ。

「それだ……! ありがとう、最高の奥さん!」

私はコーヒーを一気に飲み干すと、ノートPCをひったくるように開き、猛然とキーボードを叩き始めた。散歩に行けないストレスはどこへやら、私の指は地域の古地図や郷土史のデジタルアーカイブを狂ったようにスクロールしていく。

かつてこの地を治めていた藩の記録、豪商たちの古い日記、そして地質データ……。

画面に齧り付いて調べていくうちに、驚くべき事実が浮かび上がってきた。

「……繋がったぞ」

画面に表示されているのは、江戸時代のこの地域の絵図だ。

なんと、第一章で私が散歩し、あのトラやブチたちが小魚を巡って決闘を繰り広げていたあの『大池』。あれはただの古い貯水池ではなく、まさに江戸時代、鉱山を掘り進めるための排水用、あるいは掘り出した鉱石を洗うために人工的に作られた池だったのだ。

そして、その池の周辺に広がる、今も手つかずで残っている深い緑の山々。古地図には、その山肌のあちこちに『間歩(まぶ)』――つまり、当時の坑道の入り口を示すバツ印が、不気味に、そして誘惑するようにいくつも記されていた。

外は依然として、世界滅亡かと思うほどの暴風雨が吹き荒れている。

だが、今の私の目は、明日の朝、嵐が去った後の「東海のエル・ドラド(黄金郷)」を見据えて、ギラギラと輝いていたのである。

この時、腕に巻いたスマートウォッチの歩数は、室内をうろうろ考えながら歩いたおかげで、ちょうど3000歩を刻んだ。もちろん、明日の探検で頭の中がフル回転の私がそれに気づくよしもなかった。

(後編へ続く?)

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