野﨑まど『小説』

https://newspicks.com/publication/isbn/9784065373262/
最高だった。敢えて「傑作である」と賛美したい。本書は作家だけでなく、どうしようもなく小説を読んでしまう私たち読者に対する祝福だ。
主人公である内海集司は、まさしく私たち読者である。小説が好きで、気付けば夢中になってしまう。寝食を忘れて読んでしまう。小説が好きすぎて、社会にうまく適合できない。父親からも社会からも評価されず、愛する小説の書き手としての才にすら恵まれない。他方で親友である外崎真には眩いほどの天稟があり、小説を愛する二人の人生は、あるとき決定的にすれ違ってしまう。このときの内海の叫びは、私たち読者の叫びでもある ——「読むだけじゃ駄目なのか」。
名前の通り、内海の内面はとても豊かだ。それは小説によって育てられたはずだが、彼の苦悩もまたここにある。
本を読む。小説を読む。読んでいる間は物語の中にいる。読んでいない時は泥の中のような気分でいる。大好きだった本を読めば読むほど自分が人として駄目になっているように思えた。小説を読むことが頭の中で逃避や慰めという言葉と繋がってしまうのが辛かった。そうでないと思いたいのにその根拠が見つけられない。
多かれ少なかれ、読書家は同じような悩みを抱えているはずだ。「読むだけじゃ駄目なのか」という内海の疑問は、多くの読者にとってはこう翻案される ——「小説を読むことに、意味はあるのか」。そして、「なぜ私たちは、小説を読んでしまうのだろうか」。
折しも三宅香帆が「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」と言った通り、本を読むのは難しい。社会人になり、家庭を持つと、ますます時間が取れなくなってゆくのは実感値としても理解できる。
それでも。
私たちは本を、小説を読み、日々益体もないことばかり考えてしまうのだ。それは一体、どのような意味を持つのだろうか —— 本書にはその答えが、鮮やかに示されている。
ところで本書の特徴の一つが、奔流のような文章のスピード感である。時代や場面が転換するときでさえ、地の文がそのまま続く。これは最初のうち少し混乱するが、この勢いが後半の作風の転換を自然にしているし、何より小説に対する魂の叫びのように感じられるのだった。
キム・チョヨプ『わたしたちが光の速さで進めないなら』

https://newspicks.com/publication/isbn/9784150415334/
短編集。どの作品も面白かったけど、個人的に一番好きだったのは『共生仮説』。誰もが当たり前に了解している現実に揺さぶりをかけるような、大胆な仮定が置かれているのが良い。僕は、テッド・チャンの『あなたの人生の物語』(これは愛の物語でもあると思う)が大好きなのだけど、大胆な設定を用いながらも、心に訴えかけてくる物語であるところは少し似ている。
読み進めるうちに、物語全体を覆う静かで寂しい雰囲気が、知らず知らずのうちに自分自身の心の中にある寂しさや郷愁を刺激していることにも気付く。失われた惑星。失われた命。失われた友人。この作品は、すでに失われたものを思い返す内容になっている。大人になるにつれて失われてしまったもの —— 故郷の記憶や若い頃の人間関係など —— が、この作品を読んでいるうちに呼び起こされるような感覚があった。年を重ねるにつれて昔の記憶は薄れ、かつて親しかった人々との距離も開いていく。そんな自分の実感と重なるように、成長するにつれ共生する生命体が離れていくという設定が、「大人になること = 何かを失うこと」であるという感覚を呼び起こしていたのかもしれない。
『共生仮説』だけでなく、どの作品もどこか寂しくも美しく、読み終えた後にも静かな余韻が残る作品集だった。
「わたしたちが光の速さで進めないのなら、同じ宇宙にいるということにいったいなんの意味があるだろう?」
榊󠄀 淳『DATA is BOSS』

https://newspicks.com/publication/isbn/9784798180472/
めちゃくちゃ良かった。先日、たまたま榊さんの登壇を拝見して興味を持っていたのだが、榊さんの経営エッセンスが本書に網羅的にまとめられている。
それはつまり、タイトルが示す通り「DATA is BOSS」。これは一見誤解を生みそうなフレーズだが、榊さんの考えは明快。僕なりにシンプルに翻案すれば、彼の経営哲学は「データとは顧客であり、企業がやるべきことはデータ(顧客)が教えてくれる」というもの。
特に榊さんが重視しているのが「Who」つまり「誰に」を明確にすること。それさえ決まれば、「What」つまり「何をするか」は自ずと決まってくる。この「誰に」をデータから導き出すことがとても重要であり、常にここを起点に考えるべきであると何度も書かれている。
これは当たり前に思えるけど、実に難しい。まずもって、そこまで導き出せるようなデータ基盤をつくるのは簡単ではない。一休では取引毎の粗利額まで計算されるようになっているとのことだが、そこまでやれている会社は多くないだろう。つまり「データに教えてもらう」には、相応の事業基盤を創り上げる必要がある。本書の後半では実際に一休で使われているフレームワークやデータが示されており、こちらも非常に参考になった。
もちろん、限界もある。一休は非常にシンプルなビジネスモデルであり、データドリブンな経営を実践しやすい環境に見える。本書の教えがあらゆるビジネスにそのまま通用するわけではないだろう。ただ、そうだとしても本書から学べることは非常に多い。具体的な事例を用いて説明してくれているので、悩める経営者の多くが参考にできる一冊だろう。