6000字に対する免疫

moqumo
·

中学時代の友人と久しぶりに会った。

「3000字は朝飯前。6000字は一日あれば。」

いわゆる文系の大学に通っている彼にとって、講義のほとんどがレポートを課す環境の中、そのような免疫が付くのは必然であろう。一方、いわゆる理系の大学に通っている私にとって、6000字がどれくらいの規模感なのか、正直ピンと来ない。原稿用紙6000÷400=15枚分という計算だけ早いが、大学生にとって大事なのは、Microsoft Word 何ページ分か、である。

恐る恐る、昨年度書いた実習のレポートを開くと、それは4000字。遅くまで大学に残り、ひーひー音を上げて書いた、あの青春の1ページが、4000字。(もちろん、コードを書きながらではあったけど。)(大学は青春かという問題は脇に置く。)3000字が朝飯前というのなら、私は朝マックのハッシュポテトで胃もたれしているようなもの。

はっと、中学時代の友人との間で自然に開いていた差を意識させられる。レポート課題の役割は、一講義においては成績の評価手段であるが、高等教育機関においては重要なワクチンプログラム。ここに文理は関係ない。

文章を書き始めるまでの速さや、書き始めてからの速さ。そして、構成力や校閲力は、この文章からも如実に滲み出てしまっていると思う。免疫がないことによって露呈する文章力の低さをなんとかしたいな。

ということで、ブログを書こうと思う。(591文字)