物心がついた頃にはもう終着点にいた

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公開:2025/9/2

ゲームの音楽の話をしましょう。

物心がついたとき、祖父の家にはスーパーファミコンやNINTENDO 64などが設置されていました。当時でもレトロゲーと呼ばれていた代物だと思います。

カセットのラインナップも、歴史に名を残す名作ばかりでした。SFCでは『ヨッシーアイランド』『スーパーマリオRPG』『LIVE A LIVE』など、64では『スーパーマリオ64』『ゼルダの伝説 時のオカリナ』『ポケモンスタジアム2』など、子供時代の青春に彩りを加えてくれる素晴らしいゲームが揃っていました。

その中で、当時のわたしにはあまりに怖すぎて、ずっと手が出なかったソフトがありました。『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』です。


想像してみてください。

静かな薄暗い部屋で、カセットの端子をふーふーして、64に差し込みます。ワクワクしながら電源スイッチを入れると…

絵の具を全色ぶちまけた禍々しい毒トマトみたいな仮面が、轟音を立てて通りすぎていくのです。

そして、不気味な笑い声が響き、異様に暗い音楽とともに無機質に映し出されるなんだか生気のない街の様子。

この時点で、年齢がまだ一桁のわたしを引き返させるには十分すぎるほどの恐ろしさでした。


結局、『ムジュラの仮面』でわたしのリンクの冒険が始まるまでに、何年かの月日が流れました。何度スタルキッドに愛馬を奪われ、何度ツンデレの妖精にどつかれ、何度デクナッツに姿を変えられ、何度時計塔からクロックタウンに抜け出したか、もはや覚えていません。ゲームを始めては投げ、始めては投げの繰り返しでした。そもそも、オカリナで「時の歌」を奏でて忌々しき3日間をやり直すという行動が、いわゆるセーブになっていることにも気づいていませんでした。

『ムジュラの仮面』は、3日後に月が落ちてきて滅びる街「クロックタウン」を舞台とする物語です。リンクは街の人々と関わり、方々で起きている問題を解決し、月の落下による破滅的結末を阻止しなければなりません。

このゲームには時間の概念があります。街を回っていようが、フィールドを駆けていようが、ダンジョンを探索していようが、時間は流れ、月はじわじわと落ちてきます。ときには、先述のように「時の歌」で時間を巻き戻し、3日間で築いてきた街の人々との絆や、集めたアイテム、ダンジョンの進捗すらも、容赦なく全損してゼロからやり直す必要があります。

『ムジュラの仮面』は、「時間の流れ」という現象のどうしようもなさを、ゲームの表現の限りを尽くして、わたしたちに突きつけてくるのです。


『ムジュラの仮面』の恐怖をより一層引き立てているのが、類を見ないほどダークなBGMです。

「クロックタウン」を囲うように広がっている、いわゆるこのゲームのフィールドが「タルミナ平原」です。そのBGMを聴いてみましょう。

この動画ではじめの15秒ほどは、朝を迎えたときに流れる『太陽の歌』です。その後始まるマーチ調の楽曲が「タルミナ平原」のBGMです。

楽器をひとつひとつ聴いていきましょう。まず耳につくのは、やけに位相が右に寄った頼りないベースと協奏して、Gmadd9という謎の和音を奏でるストリングスです。ソ・ラ・ラ#の3音を最も閉じたヴォイシングでぶつけさせるように奏で、不協和音を産地直送で耳に届けています。さらに、そこに無邪気な木琴によるトリルも加わり、"美しい"ハーモニーを作る気など全くないことを聴き手に表明してきます。ゲルニカを音にしたら多分こんな感じなんでしょう。

しかし、24秒あたりからゼルダシリーズおなじみのモチーフによるメロディが入ると、行進曲としての秩序を取り戻します。音楽をメロディックにしようと、やる気のなさそうなベースやカウンターメロディも動き出します。しかし、ところどころ不穏さが顔をのぞかせるのは気のせいではありません。

不穏さの化けの皮が剥がれるパート、1:09からのコードを以下に示します。タウンページの顔みたいな記号・/・は繰り返しの略記です。

| A7b9 | ・/・ | ・/・ | ・/・ |

| ・/・ | ・/・ | Bdim | Cdim |

ずっと何らかのディミニッシュコードが鳴っています。ディミニッシュコードは、構成音に含まれるトライトーン(増四度・減五度)がとても不安定に響き、人に焦燥をもたらすとされています。A7b9は、A#dim7/Aと解釈すると分かりやすいですが、半音1組、トライトーン2組が含まれており、この世のあらゆる不協和を煮詰めたような響きです。得体のしれない怪物に追い詰められていくような空気感を形作ります。

さらに恐ろしさを煽っているのは、5thを経由しつつオクターブ下に降りていく、地鳴りのような不安定な発音のストリングスです。低くて圧がある音はそれだけで人を怖がらせますが、行進曲の最中にそれが現れるという異質さが、さながらアナログホラーのような不気味さを掻き立てています。

化け物のような不協和音の嵐が過ぎ去っていくと、BGMは何事もなかったかのように最初のゲルニカ状態に戻ります。それをずっと繰り返します。わたしがモニターの前で何を感じようが、泣こうが笑おうが、軽快なスネアドラムに乗せてこのダークな行進曲は流れていきます。


幼気なわたしは、この「タルミナ平原」のBGMに、近寄りがたさとともに、なんだか心にグッと来る感覚を持っていました。嘘の世界だろうが本当の世界だろうが、すべてを破壊して無に帰すような絶望を感じたかったのかもしれません。『ムジュラの仮面』をプレイしてからは、ぞっとしてしまうような破滅的な楽曲をさらに見つけ出すことが、人生の恒常ミッションに加わりました。

しかし、いくら破滅的と言われる作品に手を出そうとも、「タルミナ平原」以上にわたしの心に訴えかけてくる曲は見つけられませんでした。わたしの中にある破滅は「タルミナ平原」の時点であまりに完成されすぎていたのです。

折に触れて、絶望の中で生きようとしたい気分になって、「タルミナ平原」のBGMを聴くたびに、ああ、やっぱりここに戻ってくるんだ、と。

「タルミナ」とは、termina、つまり終着点を意味するそうです。わたしは物心がついた頃には、すでに終着点を見つけていたのです。

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モアではありませんよ