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vol.31 あやふやな好み

守宮泉
·
公開:2026/9/13

日が落ちると涼しくなってきて、秋の気配が色濃くなってきました。夜の空気が澄んでいて嬉しいです。


読書日記(9/1-9/13)

9月に入ったばかりだというのに、いろいろなことがありすぎているので、いったんまとめておくことにした。

というかもう読書が生活になってきているので、生活日記でもいいような……。それはただの日記である。正確に言うと日記ではない。そもそも1日ずつ記録していないものをどうして日記と呼べるのだろうか。月記、週記がないからだろうか。

どたばたと、いろんな本を読みあさり、ハイになりすぎて始める前から燃え尽きそうになっていた。経緯を振り返ってみる。まず、とある事柄に興味を持ち、そのことについて調べようとあれやこれや資料を集めていたのだが、なんだかそっち方面じゃなくてもいいのかも、と考え直し、一周回ってクールダウンしているところである。なんにもわからん……。

いわゆる「研究」をやりたいと思っているのだが、興味が散らばりすぎていていまいち絞りきれないのである。どれが最後まで行き着くかわからないので、本格的に始めるまでは絞らない方がよさそうだが、結局どこにも本腰を入れられないのはまずい。まだ先のことだからそこまで深く考えなくともいいのかもしれない。ただ、対象は決めておいた方がいい気がする。

卒論テーマを決める際、指導教授に言われたのは、「自分がやってて楽しいものを選ぶと良い」ということだった。そのときはそこそこの興味で選んだため、そこそこのやる気しかでなかった。今は逆にどれも楽しくて決められない、ということで悩んでいる。興味の幅が広がったのか、はたまたジャンルを変えてみたからか。すべてをやるには広すぎて困る。まあ、これはゆっくり考えましょう。

―――

本を買った。駅ビルに書店があるとついつい寄りたくなってしまう。読書会で取り上げている、夏目漱石『こころ』を探しにいったらなかったので、全然違う本を買って帰ってきた。書店に入って何も買わないということがなかなかできない。

・和山やま『女の園の星』5巻

・泉鏡花『外科室・海城発電』

・夕木春央『絞首商會』

・高木俊雄/松村一男訳『現代語訳 比較神話学』

岡本かの子や内田百閒を読んでいて、そのあたりの小説を読みたいなあと目についたのが、泉鏡花だった。『草迷宮』しか読んでいないのに、面接のときに「好きです」などとのたまっていたので、他の作品も読もうと思ったのである。比較神話学は興味があったから。明治期にどんな手法で神話を比較していたのか気になる。よく発禁にならなかったな。

夕木春央は、いっとき『方舟』が話題になっていたので名前は知っていた。友人と話しているときにも出てきたので、今回目が留まったのかもしれない。講談社文庫の新作として出されていた『 泥棒』がめちゃくちゃ面白そう、と手に取ったのが最初。もしかして他にも大正時代を舞台にした作品を書いているのでは?と探した結果、デビュー作に行きついた。とりあえずメフィスト賞はデビュー作だろう(また適当なことを言っている)。帰路の電車内で序章だけ読んだ。めっちゃおもしろい……。ついでにいうと、泉鏡花もおもしろかった。いきなり人力車と乗合馬車のカーレースしてるんだもの。買った直後にパラパラ読んでいるときが一番、テンションを上げているかもしれない。

『女の園の星』はたまたま平積みになっていて、発売していることを知った。コラボブックカバーももらえてほくほく。さりげなく溶け込んでいて楽しい。さっそく寝る前に読んで、声を上げて笑ってしまった。ギャグセンスが好きだ……。

ところで、今回購入した本には純文学は含まれていない。どちらかと言えばエンタメである。エンタメ小説は苦手だったとさんざん言っていたのが噓のようだ。よくよく考えてみると、別にエンタメ全般が苦手なわけではなかった。現代を舞台にしたエンタメ、が苦手なのかもしれないと気づいた。思えば、大好きな『雲上都市の大冒険』も京極夏彦も『深夜の展覧会』も、エンタメ(ミステリ)である。ついでにいうと畠中恵もそう。舞台が昭和以前の作品は、エンタメでも好んでよく読んでいる。たぶんきっと、実際に生活している時間や空間から離れれば離れるほど、私はフィクションとして物語を楽しめるらしい。現実世界に生きている人の話は、ノンフィクションや純文学でみっちり深く掘り下げたいという欲求があるみたいだ。ようやく腑に落ちた。

私はカレーが嫌いだとずっと思い込んでいた。その、嫌いだと思っていた"カレー"は、固形のルーで作ったカレーであり、すべてのカレーを指し示してはいなかった。インドカレーのお店で食べた豆カレーはおいしく感じたし、無印良品のレトルトカレーも食べられる。ガラムマサラを野菜炒めに入れることもあるのだから、スパイスが苦手ということもない。つまり、カレールーに含まれる油脂の成分が私の体に合わなかったのだろう。その証拠に、私はルーで作ったシチューも苦手だ。

カレーで示したように、嫌いや苦手は深掘りしていくとグラデーションがあったり、原因は別にあったりする。エンタメもそうなのだろう。好きなものの範囲は狭く、嫌いなものの範囲は広げがちな傾向があることがなんとなくわかったので、これからはもっと挑戦してみてもいいかもしれない。ゆくゆくは、自分の好みに惑わされないような包容力を持ちたいなあ、とひっそりと思っている。

@morimiya
本をよく読みます。多言語世界で生きていきたい人です。 Bluesky bsky.app/profile/moriizu.bsky.social