見れば見るほど不釣り合いだと思う。
ショーウインドウに映る自分たちの姿を横目で確認して、また前を向いて歩きだした。今日も今日とて僕を連れていきたい店があると言って、先に歩き出したのはアイツのほうだった。あまり僕らは隣に並んで歩くことはなくて、たいていどちらかが前を行き、その後ろを付いて行く。まあ3年前なんてカラオケに行くか、車に乗るかくらいしか移動手段は無かったし、元々の出会い自体普通とは言い難いものだから。店を決めるのは基本向こう。大抵リクエストを僕が言って、それを叶えることが彼にとっての楽しみ、なようだからその楽しみを奪うのも、と思いながらまあ結局は面倒なので任せている。どちらにしろ僕に出させるつもりなんて一切考えていないので、財布を握っているほうに任せるのが筋かなと思って。
最初、そう、あれは空港で会ったあの日、僕はアパートに直行するつもりだったのだけれどなぜかファミレスに連行されていた。見る人が見れば拉致みたいなもんやな。猫舌なのにも関わらず、相も変わらずホットコーヒーを頼む狂児に呆れながらホットケーキにフォークを刺した。ふかふかやった。
「どこ住むん」
「ヤクザに教える住所はありません」
「ほーん」
「……知ってるくせに」
「知らん知らんて。ストーカーみたいに言わんの」
「へえ」
「うわ、ぜんっぜん信じてない目してるわ」
「ヤクザは信じられん」
「まあ、そうやな」
納得した顔で、コーヒーを啜る相手にムッとしたのは当たり前のことだった。一時間半前まで、死んだと思っていた男が目の前に座っている。地獄から戻って来たみたいなノリで、僕の視界めいっぱいにふんぞり返っている。正直自分でも良く分かる。僕は混乱している。それだけははっきりと分かった。
「聡実くん?」
同じ声だ。あの時、あの雨の日に聞いた声と同じ声。あの時よりもひどい隈を飼っていて、何を考えているか分からないくらい黒い目。おっそろしい、自分とは違う世界に暮らしている男。それなのに僕と一緒にファミレスに来ている。なんだかあまりに御伽噺くらい突拍子も無くて。不思議と面白くなってきて、自然と笑いがこみあげて来る。
突然黙ったと思ったら、笑い始めた僕の様子に目を見開いた男の顔が、テーブルよこの大きな窓に映る。ちょっとくらい慌てたらええねん。3年、お前が言う青春ていうもの全部棒に振ったようなものなんだから。
「はーー、おっかしい」
「え、何が? 聡実くん、疲れてるんと違う」
「ならすぐ解放して。アパート行って、大家さんに鍵貰わな。あと」
「あと、何?」
だらんとテーブルに投げ出されていた、狂児の腕をぐっと引っ張る。僕にされるがままの相手に少しイラつくが、自分でやっていることなのでそこはグッと堪えた。
「最寄りは蒲田。その近くで良いなら教えます」
ちょっとびっくりした表情は少し可愛かった、気がした。男に可愛い言うのも分からんけど、なんか犬みたいで。
そういうわけで、また先生と生徒というわけのわからん関係が始まり、ここ最近はカラオケでもなく、食事するだけの時も多い。夜勤明けの朝食に、蒲田の中華、それに焼肉。今日は和食と言っていた。
先を行く狂児の歩く速さは、おそらく僕に合わせているんだろう。僕も身長が伸びたとはいえ、アイツにはまだ届かないし。もし彼があの足の長さを生かすように歩くのであれば僕はきっと追いつかん。そう考えているとなんだか足の運びが遅くなって、先ほど見た二人の姿が脳裏によぎって。友だちでもない、兄弟でもない、血のつながりもない。もし僕に、または彼に何かあっても、実際何かあったわけだけれど、何も知らないまま。生きてるんか、死んでるんか分からないあの3年みたいなことを、今度はもっと長い時間になることだってある。そもそも今の状況やって、ボーナスステージみたいなもんや。いや、ボーナスなんかなこれ?ヤクザと一緒に食事しているのが? でも元気でいるのかくらいは知りたい、それくらいこいつは僕に食い込んでいるような気がしてならない。自分のことなのによう分からんていうのが一番面倒や。
いつの間にか僕の足は止まっていたらしい。少し先に歩いていた狂児の靴が、俯いた僕の視界に入る。ぴかぴかの黒い革靴。対して、履きふるした僕のスニーカー。
「具合悪い?」
ふるふると首を横に振った。なぜだか今は男の顔を見たくないと思った。嘘。僕の顔を見られたくない。
「なら、行こ」
分かっているのかいないのか。いや、成田狂児のことだからきっと分かっているに違いない。そうであったとしても今の僕はその甘えにすがるしかなかった。僕の腕を取って、またゆっくり歩き始める。僕の歩幅に合わせて。
地面に影が伸びる。ああ、影でさえも釣り合わんのやな。
「影送りってしたことある?」
「いや、無いです」
「影を10秒くらい見つめて、そっからすぐに空を見るん。そしたら、さっきまで見てた自分の影が空に映るっていうやつ」
良く晴れた日が良いらしいで、今日みたいな。
「へえ」
じっと自分と横に並ぶ男の影を見つめて、すぐに空を見上げる。あ、確かに白い、なんかぼやんとしてるけど二人ともおる。
「おったよ、ふたりで手繋いでたわ」
「うん」
狂児がどんな表情で言ったのかは分からなかった。何より自分の隣を歩いているで。見上げなければ彼の表情をうかがうことは出来ない。そうであっても、まあ少し気が晴れたことは確かなので、とりあえず足を延ばして何気なく狂児の影を踏んでおいた。