モーニングの時間まで何をしたらええんやろ
そう思っているはずなのに、年も考えんと心はうきうきして、足取りもいつもより軽い気がする。そういう自分の仕草一つひとつとっても、たった一人に起因しているのだからどうにもこうにも影響力が大きすぎた。三年前、俺たちが会っていたのは実質三カ月ほどの短い期間だったというのに、この三年間会わなかっただけで俺の心に潜んでいた彼の比重は大きくなるばかりで、正直自分でも持て余している。
「親父、これ終わったら始末つけてきます」
「さよか」
あのカラオケ大会の日、とんでもない物を授けられてしまった日に、俺はあの日、彼には会わないと決めたはずだったのに。塀の中にいる時もその心は揺るがないものであったし、ただひたすらに自分のことを忘れてしまえばいいとだけ思っていた。そう思うしか俺には彼を救えることが出来ないと思っていたから。
それなのに。それなのに、大阪を離れる前に聡実くんを一目見たいと思ったばかりに。あんだけくしゃくしゃになった紙切れを握りしめていた彼の姿を見てしまった、あの一瞬、これまでの俺は一度死んだのだと思う。成田狂児、享年43。脳内にはテロップが流れて来たし、お坊さんもなんか木魚叩いとった気もする。俺の遺影、もうすこしマシなん無かったん?とも思ったし。
そしてもう一度成田狂児として生まれ変わったから、また聡実くんに声を掛けた。分かっている、頭の片隅でこの子だけは、彼だけは離してあげなきゃいけない。他にどんな犠牲があったとしても、それが彼の望みでなかったとしても、それでも俺は、俺は。
「狂児さん」
あの頃のボーイソプラノの面影はない。けれど、いつまでも耳に残るあの紅を歌いきった声の片鱗はある。少し掠れ気味なのは、夜勤明けだからだろうか。
「なあ、立ちながら寝てんの?」
「そんな器用なこと出来んよ。おはよ、聡実くん」
「ふうん。はよ行こ」
先に歩き出した彼のあとをゆっくりと着いていく。今日の店は彼の案内らしい。大きなったなあ、と聡実くんの背中を見て静かに口から零れた。途端に、前を歩く彼が勢いよく振り返って、肩ひじ張りながらこちらへ戻って来た。腕を急に引かれる。
「え、何?急に?」
「あんたの背中、おっきすぎんねん。全然追いつかれんわ、あほ狂児」
良い耳をお持ちになってますなあ、聡実くん。これはこれは、隣を歩く男の心臓の音もしっかり聞こえてるんちゃうか、と落ち着かなくなった。