私がよく通う書店は自宅から車で30分ほどの場所にあるTSUTAYAで、そこの書店員さんを個人的に信頼している。
というのも、こんな田舎の書店で売れるのだろうかと思うような本もしっかり仕入れてくれているからで(結果的に私が買っているので少なくとも1冊は売れている)、本書もそのうちのひとつだ。
本書はスパニッシュ・ホラーと呼ばれるジャンルの短篇集になっていて、私は初めてそんなホラージャンルが存在することを知った。社会的なテーマを織り込みながら、現実と非現実の境界を揺るがす不安や恐怖を描いた作品群である、らしい。帯の紹介文より抜粋。
国書刊行会から出版されているのだが、表紙やケースなど全体のデザインが素晴らしく、なんと手触りまで良い。そしてこれは読了後に判明したことだが、内容まで十分に満足感のあるものとなっている。
収録されている12編のうち私のお気に入りは『肉』『誕生会でも洗礼式でもなく』『戻ってくる子供たち』である。
『肉』は帯の説明文にあるスパニッシュ・ホラーの概念をしっかり内包しつつ直接的なグロテスクさも加わっていて、そしておそらく著者の趣向であるロックミュージックも組み込まれている。本書の中で代表的な1編を選ぶとしたらこれだろう。
訳者あとがきでも触れられているが、収録されている短編の多くに性的な描写が含まれており、生々しかったり痛々しかったりする。そんな中で『誕生会でも洗礼式でもなく』は性的というよりも官能的といった表現が合うように感じられる作品で、作中で浮かぶ疑問や発生する問題は何も解決しないのだが、それも相まって読了後も官能的な雰囲気がまとわりついたままのような感覚を覚えた。
そして最後に『戻ってくる子供たち』だが、短篇集の後ろから3番目に配置されている。ここにたどり着くまでに濃厚なスパニッシュ・ホラーを摂取していた私は、ティーンエイジャーとドラッグ、排泄物と吐瀉物、社会的格差とスラム街…といったカルチャーの世界観にすっかり馴染んでしまっていて、それによっていつの間にか、本書で提示される「ホラー」とはだいたいこういうものだなと決めてかかってしまっていた。そういった意味ではこの作品の配置は完璧で、私は完璧に打ちのめされてしまった。「ホラー」とは国や文化といったローカルな規模に収まるものではなかったのだ。
総じて日本のホラーとは全く異なる作品で、これは読み手によって良くも悪くも受け取れるが、個人的には非常に良い体験をすることができたと思う。本書はマリアーナ・エンリケスの第1短篇集であり、第2短篇集の『わたしたちが火の中で失くしたもの』も高い評価を得ているらしい。可能であれば国書刊行会から出版されたもので読んでみたい。