「こうして病室に2人 時は止まったまま」

定命錠
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 本来ならばこういった記は毎日書くのが好ましいのだろう。呼吸のようにそれができるならば問題はないのだが、三日坊主にでも成ってしまったらそこからは曖昧な境界で息を吐くだけになる。そのまま呼吸困難に陥ればあとはゆっくりと死が近づいて、ぱたりと言葉がでなくなる。

 前にも何度か日記は書いていたが、毎回日記をつけるだけで一日が終わるようになり、また内容もそれに伴って目減りしていくためどこかでやめてしまう。前回はそれでもなんとか続けていたつもりだが、すべてが吹き飛んで数週間動けなくなってから手がつかなくなった。書くことはあるけれど、それを文字に置き換えたら陳腐になってしまいそうで、頭の中で反芻しただけで終わってしまう。

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 誰しもが秘密を抱えている。もしそれを自分にだけ打ち明けてくれているとして、喜んでよいのだろうか。それが一方的なものならば、アンフェアネスだろう。

 Hさんが「あなたにだけ」と重大な秘密を教えてくれて、私は「なんで私に」と返す。Hさんは静かに笑う。彼女は普段は抜けてるお嬢様なのに、こういう場面ではまったく隙を見せない。この秘密の共有だってお得意の人心掌握かもしれない。その時点で彼女の物語に組み込まれているだろうが、そこで物語に否定的になれる性根のヤツなんかいないだろう。そのまま底なし沼にズブズブだ。

 秘密を共有されて、返報性の原理が働いて相手にもなにかを開示しなければいけないなんて思ってしまえば、さらに深くまで踏み入ってしまう。秘密の悪用であなたはレールを外される。それでも、親しくなったという幻想を抱いているとしたら私たちはそのまま進んでいくだけで、思惑の向きなんてどうだっていい、というのが解答かもしれない。それならば、表向きだけでも喜ぶのが正しくなる。

 私たちはそのまま泥に沈むことができる。それか、草舟に乗って目一杯に漕ぎ続けるか。私たちはちょっとの愛を教え合うことができる。そこに錯覚した彼女の像が実を結んだ時、思いもよらない結末にたどり着くのかもしれない。