口語を試してみる

moru
·
公開:2026/1/8

 服部真里子さんの『あなたとわたしの短歌教室』(山川出版社、2025年)を読んでいる。これは5日間の「教室」という建付けで、まいにち課題があるので、毎日やっている。すでに評判だけどとても面白い(たぶんこの本についてはもう一回何か書くことになると思う)。

 最初に、はじめたてのときは文語・旧仮名は避けた方がよい、なぜなら出来合いの「かっこよさ」に頼ることになりがちだから、というようなことが書かれていて、そういうものかな、そうなのかもしれないな、と思うけど、もはや手遅れである。私は最初から文語・旧仮名で歌を作っており、最初に歌会に出した歌はひどい歌だと思うけれども、四句目に疑問の副詞、連体形の結句である。たいへんに文語である。

 これはもう刷り込みだから仕方がない。人生で最初に読んだ歌集は『日本人霊歌』だし、そこからほとんど短歌に触れずに『Lilith』を読んで短歌をはじめてしまったのだから、ちょっとそれ以外の形は考えられなかった。皇帝ペンギンの刷り込みだ。

 現在では、今の私は無理して文語を使っているということではないのでは?思っている。ある歌人に「文語であることの必然性が感じられる」と評されたこともあるし。一応、それなりに文語で作っていることについての自己説明は持ってもいる。上記のような事情なので、事後的ですが。

 しかし、この服部本の課題は、公表するつもりもないので、口語・新仮名で作ってみることにした。作ってみた結果、口語もやっぱり文語のように使うのだ、と言うことが分かった。伝わるかどうかわからないけど、やっぱり短歌で使う「口語」というのは散文の「口語」ではない。工夫するところがちがうような気はする。たとえば定型におさめるときの増やしたり減らしたりする音の品詞が違ったりする。しかし工夫している時点で口語も文語もなくて、短歌の言葉なんだなと思う。

 口語か文語か、に重大な意味を付与しない方がいいのだ、という意見はよく聞くし、私もまったくそうだと思っているけれども、自分でやってみてますますそう思った。