思い出が増えなくなることを別れと呼ぶとして
ずっと好きで居られるならば
別れなんて一生来ないと思っている
なぜなら、思い出は、増え続ける。
何があっても変わらない、確かなこととして。
あのとき気づかなかったことに
己の成長で気づくようになったり
大好きな人と
同じ年齢になる日がいつか来ると信じたいし
その時は
見える景色が増えたりするのだろうと
そう予感している
そう
己が生きていく限り、
好きは「更新」され続けるのだ。
時に、驚くくらい。
それは例えば
遠くに住むようになった好きな人としばらく会っていないだけでも発生するステキな現象だ
物理的な時間の共有というのは
リアルタイムにさえ1秒1秒「過去」になってゆくけれど
(1秒なんて人間が勝手に使っている単位なのだけれど)
好きという情は留まるところを知らない
どこにも誰にも止められないのだ
巷でよく翼に喩えられるのは想像力だが
己は記憶力こそ翼だと思う
海を渡り山を越えるための
時間と空間に縛られないこの翼は
誰しもいつしも満足に飛べるとは限らない、
とても脆くて儚い 奇跡のような宝物だ。
だからヒト科は、記すことをおぼえた。
しるしを頼りに歩いていけるように。
好きは、道標になる。北極星のように。
忘れたくない名前がある
ただそれだけでも素敵な巡り合わせで
こんなに幸せなことはないと感じている
忘れたくないほど好きになったなら。
今は言える 永遠だと