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音沙汰Vol.2には、「考え続けること」を綴った。
これは、藤原辰史先生の講演で語られていたことで、肝銘を受けたので。
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昨今、深く「考えないように」されていることが多い、氣がする。
「消費」なんてまさに、「考えないこと」が推奨される。
実際、「選ぶのがメンドウ」だったり、「何となく買ってしまう」という消費者が増えているそうだ。
「考え続ける」どころか、スタートラインに立つことさえ、ない。
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ぼくは、たぶんこれまで多くのことを考えてきた方だと思う。
考えることは、ときとしてつらいし、メンドウだ。
それでも、日々のことなら、何かしらの「答え」を出して、ひとまず安堵してきた。
考え続けるというのは、モヤモヤしたままでスッキリしない。
だから、何かしらの「句読点」を打ちたくなる。
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けれど、人生のこととか、簡単に「答え」の出せないもの、「こうだろうと思っても揺らいでしまうもの」は、結果的に考え続けてきた。
考え続けることから、何とか逃れたいし、その方がいいと思っていた。
考え過ぎて、悩んで、苦しくなって。
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それが、作詞をするようになって、ちょっと変わった。
ひたすら考えていないと出てこない言葉だったり。
浮かんだ歌詞の意味を、完成した後もずっと問い直していたり。
考え続けるということが、苦ではなく、当たり前かのようになった。
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ブログなどを書くことは、考え続けることの鍛錬になる。
苦痛にならないように、工夫は必要だけど。
そう、この「しずかなインターネット」はありがたいことに、「考え続けること」を楽しめる場になっている。
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はてなブログも、はじめはそうだったはずだ。
今もつらくはないけれど書けなくて、書かなきゃと思うと苦しくなる。
ただ、はてなブログも、やっていてよかったと改めて思う。
今でもよく見直すし、記録があるというのはとても助かる。
自分の考えていたことを見返す、というのはおもしろい。
この「しずかなインターネット」も、5年後10年後、見返すのが楽しみだ。
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その意味では、これは「タイムカプセル」なのかもしれない。
誰かに宛てたのではなく、未来の自分のための文章。
考え続ける自分のために。
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◇ AKUTA Tomonosuke ◇
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