ぴたりとはまる

芥 知之介
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リライトしていたオリジナル曲『花桃の咲く頃に』が、たぶん完成した。

昨日の時点で完成、と思っていたけれど、今日一部書き直しをした。

作詞の自分ルールとして、「同じ言葉を使わない」というのがあって。

主題とか、「君」とか「あなた」とか、例外的なものはもちろんある。

それらも、乱発しないように、できるだけ重ならないようにしている。

作詞は大抵、いつも苦労する。

それだけに「ぴたりとはまった」ときは、喜びも大きい。

どの箇所も全部そうなればいいし、そうしようとは思う。

けれど実際には、妥協してしまうこともある。

特に、最初の頃はそうだった。

一刻も早く完成させたいし、締め切りもあったりすると、「ぴたり」と収まっていなくても「まあいいや」と思っていた。

それが、作詞を続けているうちに、「ぴたりとはまって」もうそれ以外はありえない、というケースが何度も出てきた。

まあ、「自分満足的」だけど、自分が納得できるのがやはりいい。

そうでないものは、後々氣になって、結局こうして書き直したくなる。

最近のものはリライトがほとんどないのは、以前と違って、「ぴたりとはまる」ものが必ずあるはず、と思えるようになったから。

今回のリライトも、取り組んでいる最中は、どうやっても埋まらなくて、妥協したくなった。

でもとりあえず言葉を置いてみて、氣になるところを何度もやり直す。

そうしているうちに、「もうこれしかない」という歌詞が出てきたりする。

結局は、それを待てるかどうかだ。

『花桃の咲く頃に』の3番は、だいぶ手擦った。

(1、2番は、ほとんど手直ししていない、というのもある)

それだけに、より愛着の湧く歌詞になったと思う。

「いつしか」という言葉が、2番の「いつも」と重複してしまうことに今日氣付いて、それでそれに続く言葉も変えて。

また同じような修正箇所が出てくる可能性もあるけれど、たぶんこれで完成したはずだ。

(↑このしずかなインターネットで、はじめてURLを埋め込んでみる)

居場所や天職なども、この「ぴたりとはまる」感覚があるという。

結局のところ、「正しい場所」というのはそういうもので、すべてのものごとには「正しい場所」があるのだと思う。

誰もがそれを見つけることはできる、「椅子取りゲーム」は必要ないはず、なんじゃないのかなぁ。

 ◇ AKUTA Tomonosuke ◇

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@mrukuleleman
吟遊ソングライター