不遇の美女アビゲイルが縁故者である貴族のサラを頼って宮殿へ訪れるところから物語が始まる。アビゲイルの可愛らしい容姿に対して、馬車では男の自慰を見せられたり、馬車から降りるところでは突き落とされて泥だらけになったりと、初めから不幸の連続。頼みのサラも塩対応だし、どうにか女中として雇ってもらうも女中仲間からいびられてなんだか気の毒…女王の痛風の足に薬草で作った薬を(無断で)塗ってあげたところからあれよあれよと重用されて、実質宮中を牛耳っているサラの侍女になる。
サラはアビゲイルの身の上を気の毒に思ってか、はたまた自分の腹心として掴んでおきたかったのか、手元に置いて働かせるだけでなく趣味(?)の射撃に付き合わせたりして密接な関係になっていく。これはもしや不幸な身の上から成り上がっていく王道シンデレラストーリー的なやつか?思いきや、ここから怒涛の愛憎劇が始まっていく。
サラと女王は幼馴染的なやつで公私ともにずぶずぶ。女王は体調もよくないし、なんならメンタルも弱っててめちゃくちゃ情緒不安定。サラがいないと何もできなくて突然起こり狂ったり、窓から飛び降りると騒いだりする始末。なんでこんな依存してるんだ…?と思っていたらなんと二人は体の関係にもあった。サラは女王の信頼をいいことに自分の思うように政治を進めていて、その振る舞いがあんまり目について他の家族に妬まれたり、女王自身からも疎まれるようになっちゃう。サラめちゃくちゃかっこいいんだけどね…男装したり、乗馬や射撃を嗜んでいるあたり、貴族の女性は着飾って社交を楽しむのが主流だったのに対して、彼女は政治に携わりたかったんでしょうね。
サラはたぶん政治が忙しくなってきたために女王のわがままに疲れ果てていて(何せ議会中も突然呼ばれたりするので)ていのいい暇つぶし相手を探していた。そこにちょうどよくいたのがアビゲイル。サラとは対照的に柔らかく優しげな態度で女王に接するアビゲイルはあっという間に女王の心を掴んで急接近。見た目に反してアビゲイルがめちゃくちゃ打算的で、サラに見せるために女王と関係を持ったりして宮中での立場を取って代わろうと画策する。
女王をめぐり二人の女性が争い合い、女王は女王でそれを知っていながら止める気もない。なんならちと煽ってる?他人から向けられる剥き出しの愛情がたまんねーってやつなんでしょうな…女王って孤独だものね。
それにしても鳥を撃ち合って競い合う二人マジでやばかったな…最後にアビゲイルが撃ち落とした鳥の血がサラの顔にかかるところなんか本当に…戦いの火蓋が切って落とされた感が半端なかった。
最終的にアビゲイルが毒を盛ってサラを追い出すことに成功するんだけど、サラが生死もわからないまま行方不明であることが逆に不安要素になる。女王もそれまでの行いからサラが自分の気を引くために消息を絶ったと思って初めは捜索もさせないんだけど、さすがに長くなってきて今度は狂ったように捜索隊を出させる。アビゲイルもサラが死んだという確証がない分、次はどこから報復されるかと気が気じゃない。生きてるのがわかって居場所突き止めたら確実にとどめ刺しに行ってたと思います、この人。見えないものに対する恐怖ってすごいよね。
初めのうちはアビゲイルがんばれ〜〜!お前は不幸な暮らしをしてきたんだから幸せにおなり…!と思ってたんだけど、途中からなんだかそんな気持ちにもならなくなり…というかさ、サラはたぶん本心から女王のことを愛していたと思うんです。だから嘘はつかないし、時には女王を貶めるようなことも言うし、叩いたりもする。他国の代表と会うのにみっともない化粧をしたり、女王という立場にありながら命を軽んじるようなやり方で自分の気を引いてみたり、そういうダメなところを指摘して正して導くための行いというのかな。人前で恥をかかせないためにはっきり言ってやるというのがやっぱり優しさだと思うのよね。立場を利用して政治の中心に居座ったのは事実だけど、それだけのために女王を手籠にしたとは思えない表情をしてたと思う。アビゲイルを寵愛し始めた女王に対しても、アビゲイルに対してもわりと率直な嫉妬を表に出していたように思うし。本心で向き合うからこそ時に冷たく感じることもある。でも女王にはそういうサラの誠実さが生む常識的な干渉は不要だったんだろうな。
アビゲイルが女王に向ける愛情は蕩けるように甘い菓子のようだけれど、その内側は嘘で塗り固められている。口にした人間はたいそう心地がいいけれど他者から見れば滑稽そのもの。だって年老いてろくに歩けず太った女王を前に天使のような美しさだなんて笑っちまうよ。自分の欲しいものを全て手にした後のアビゲイルは女王の扱いもぞんざいになっていくし、女王が子供だと言って可愛がっているウサギを菓子を食べながら踏んづけたりする。初めの頃は女王が失った子供の代わりにウサギを飼っているっていうのに涙をこぼして同情していたのに。あれは彼女の本心であって欲しいと思うけど…立場が人を変えてしまったのか、あるいはそれすら初めから偽りだったのか、物語の終焉を前にしたらもうわからなくなっちゃいましたね。
サラを追放したこと、アビゲイルを重用したこと、どっちも女王は後悔したのだろうけど、多分過去に戻れたとしても彼女は何もかもを知り尽くしているサラの手だけを取り続けることはできなかったし、アビゲイルの優しい嘘にすっかり耳を塞ぐこともできなかったと思う。やっぱ人間その時その時でどちらも必要だと思うから。