変わらない/意味忌み

みつぎ
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公開:2026/2/1

 ・三砂光太郎(みさご/こうたろう)

   総太郎の双子の兄。肩甲骨まで伸ばした黒髪に一房、紫色のメッシュが入っている。瞳は冬の青空を下に、紫色が差し込んでいる。

 ・十鳥総太郎(ととり/そうたろう)

   光太郎の双子の弟。短い黒髪に、冬の青空のような瞳を持つ。


 人間が人間を好く理由を考えていた。

 蒴果(さくか)のような苛烈さを抱くこともある。それでいて、アルソミトラの種が滑空する時のようなたおやかさを持つこともある。

 光太郎は、人間が分からなかった。

「光太郎、手が止まってるよ」

 ぱつん。思考が尾さえ残さず弾けて消えた。

 声のした方――テーブルの向かい側に視線を遣る。弟の総太郎が、光太郎をじっと見つめていた。

「何だよ」

「休憩時間、終わっちゃうよ。早く食べて、ゆっくりしたいんでしょう」

 光太郎は、弟である総太郎と、毎日顔を合わせ、弁当を持ち寄って昼の食事を共にしている。

 義務教育も終わった。高校も出た。成人もしたのに。こうやって自分たちという点を、昼休憩という点でもって線にする。そうしている理由は、お互い知らない。

 ただ、何となく。それが、他者に説明するとき一番、口にしやすい単語だった。

「うーん……」

 弁当に入った玉子焼きを半分にしたいのか、したくないのか。総太郎が悩んでいる。二秒。小さなカップに入ったえびグラタンへ箸を伸ばした。今日の玉子焼きは、最後にとっておきたいらしい。

 光太郎ならば、玉子焼きなどひとくちで食べてしまう。それが甘かろうが、塩気が強かろうが、だし巻きだろうが構いやしないのだ。

「光太郎。さっき何を考えてたの」

 さく……と玉子焼きが半分に割られた。てっきり最後かと思っていたが、今日の総太郎はそういう気分だったらしい。

「人は、どうして人を好くのだろうかと考えていた」

「また難しいこと考えてる。哲学好きだよね」

 総太郎の話を聞きながら、光太郎は筑前煮の蓮根を口に放り込んだ。

 よく味が染みている。しかし、もう少し醬油は控えめにしても良かった味わいだ。だが光太郎は人参に味が染みてくれたら、それで良かったのだ。光太郎は人参の味をいまいち好きになれないまま、成人してしまった。弁当入れた筑前煮には、人参もそろりと参加している。

 蓮根の食感を楽しんでいると、総太郎はほうれん草のお浸しを食べていた。胡麻はかけないようだ。

「愛とか恋とか、好きとか嫌いとか言うだろ。俺には、あれが何となく納得いかなくて」

「ふうん。僕はそれらの方が単純で分かり易いと思うけど」

 筑前煮の名残で白ご飯をひとくち。今の米は近所のスーパーでいい値段のしたコシヒカリだ。美味い。水が良ければもっと美味くなるだろう。ウォーターサーバーでも導入しようか。光太郎はほんの僅か、真剣に考える。場所がないわけではないのだから、水に拘っても良い。ううむ、と双子の兄である光太郎は唸るのを、総太郎は微笑んで見つめていた。

「光太郎は、何がどうなら納得するの」

「あ。それは考えてなかった」

 嘘だ。愛や恋を提唱したいわけではない。それは事実であるが。

 人間は死ぬときひとりだと、みな口を揃えて言う。死んだこともないくせに。看取ることができているなら、そのひとはひとりではないと光太郎は思うのだ。

「蕾は花によって否定されるとか言うよね」

「わけが分からない。人間は不思議だな」

 人は、人を好いて群れる。それは、孤独を厭うているからか。

「総太郎」

「うん」

「誰かを好いているだろう」

 ペットボトルのほうじ茶を飲んでいた総太郎が咽せた。

「――……」

 どうして。

 光太郎と同じ――否、よく似ている紫の瞳がそう問うていた。

「兄に何が隠せると思っていたんだ」

「あー……うん、そうだね……」

 総太郎が恋をしていると光太郎が気付いたのは、就職してから三ヶ月が経過した頃だった。

 十鳥家は名家と呼ばれる部類の家だ。光太郎も、昔は其処に居た。その頃合いは十鳥光太郎であったが、それは昔の話だ。父と馬が合わなかった。だから家を出たのだ。総太郎は所謂良い子だった故か、父との衝突はほぼなかった。そこは双子である光太郎と総太郎の、異なる部分だ。双子と言えども、相違点はいくつもあるものだ。

 光太郎は恋をしたことがない。

 そんな海に落ちたことがない。

 沈んだ覚えのない水の温度など、理解しようにも、できるものではない。

「光太郎は、人を好きになったことはないの?」

 躊躇いがちな弟の声、問いかけ。

「ないよ」

 兄は慈悲もなくそれを断ち切る。事実なのだ。

「総太郎のことは好きだよ。弟だし、家族の情がある。それ以外はないけど。他の人に、恋愛としての好きというのは感じたことがないなあ」

 総太郎が誰を想っているのか。

 光太郎には皆目見当もつかない。

「いつか。誰かを。光太郎が好きになった時に、俺の感情との違いを話せるようになったらいいなって」

「……、うーん……」

「難しいかあ」

 昼休憩がそろそろ終わる。

 ごちそうさまでした、と手を合わせて無事に空になった弁当をしまう。

 誰が誰を好きになろうが、光太郎には関係のないことだ。しかし、祈られてしまった。総太郎は、兄にいとしいひとができるのを、待っている。どうすればいいのか。光太郎にはやはり、皆目見当もつかなかった。