『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(谷川嘉浩著・ちくまプリマー新書)

muesaka
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Xで出版社のアカウントをフォローしていると,読みたい本がたくさん溜まってくる.気になる本は片っ端からブックマークに入れておくようにしているのだが,経済的かつ時間的理由もあって,消化が追いつかない.

この本もちくま書房のアカウントから回ってきたものである.ちくまプリマー新書のシリーズなのもあって,非常に平易な書き方であるが,それが故に内容は深く,自らの人生観と照らし合わせて色々と思うところが多かった本である.

この本でいう「衝動」というのは,ときに自分でもコントロールできないような,そして自身の人生を変えてしまうような「力」という感じのものである.それは「動機」,特に心理学でいうような「内発的動機づけ」によっても回収されえない,自他双方からみても不合理なものである.ときに「幽霊」のような存在でもあるそうした「衝動」を自分の中にどう見出し,日常の中に取り入れていくのかがこの本のテーマである.

しかしこれは自己啓発書の類ではない.むしろ自己啓発とは対極にあるものだと感じる.例えば,「衝動」は「将来の夢」とか「自分が本当にやりたいこと」とは違って,そうした「将来」とかを無にしてしまうような力を持つ.あるいは,「衝動」に駆られるような行動設計は,「キャリアプラン」とも異なり,逆算的ではなくて,試行錯誤的である.一方で,「衝動」とは「強い欲望」とか「強く情動を揺り動かされるもの」というわけでもなく,幽霊のように取り憑かれてしまうような持続的なものである.こうした「衝動」のとらえどころのなさは,How To的なニュアンスで読み始めてしまうと混乱してしまうものだろうし,How Toで全て済むものでもない.

この本のベースにあるのは,ジョン・デューイによる「経験学習」の理論であり,これを個々人の人生や日常生活の文脈で解説しているものだと感じている.この経験学習の理論については,『リサーチ・ドリブン・イノベーション』(安斎勇樹・小田裕和著,株式会社翔泳社)の中で,組織の中からイノベーションを起こす「知の探索」を実現するためのアプローチとしても紹介されているものである.

その点から言って,この本は,個人レベルでの「イノベーション」を起こすにはどうすればいいのかというテーマを扱っていると考えても良さそうである.

個人的には,この本に共感できる部分は非常に大きかったように思う.それにはいくつか理由がある.

一つには,私自身のこれまでの歩みが紆余曲折を経ていたという事実が挙げられる.小さい頃から数学には興味があった.そして数学者になりたいという夢があった.それを叶えるための標準的なルート,つまり,大学に入って,そのまま大学院にいって,学位を取得してから大学の職を得るという道を進もうとしていた.しかしながら,実は自分は数学だけではなくて,他の学問分野や,更には産業分野にも興味を持っていた.(それが応用数理を分野として選んだ理由でもある.)そして,どうしても大学の研究者としてのキャリアが自分には向いていないと痛感したとき,色々な縁で企業に勤めることを選択した.さらに,前の会社で勤めていく中で,自分の向き・不向きを痛切に感じ取り,(これも縁あって)転職して今に至っている.振り返ってみると自分のこれまでの歩みは決して最短経路ではない大きな迂回であったと思う.さらにいえば,「自分にはこれは向いていない」ということを逆選択していくような人生であった.

ただ,この本に照らし合わせれば,そうした紆余曲折こそが,「衝動」をベースとする計画性の性質であるのかもしれない.自分の衝動に従って行動をしていくことは,そうした試行錯誤の連続である.自分の人生は常に試行錯誤的であって,これからもそれは続くことだろう.その際,「衝動」ということに注目することの大事さを教えてくれた気がするのである.

もう一つ,この本で「衝動」を見つけるための方法である「セルフインタビュー」という考え方も触れておきたい.

筆者によれば,「衝動」を見つけ出すためには,自分の価値判断に対して,インタビュアーになったつもりで徹底的に自分自身に質問を浴びせていくことである.そのとき,決して安易な理解やそれらしい説明で満足するのではなく,自身の経験に裏打ちされた具体的な形で言語化することが重要だと説かれる.中途半端な理解で終わらせるのではなく,徹底的に内省を重ねながら,とらえどころのない「衝動」を少しでも捕まえようとするしつこさが大事なのである.

私も,結局これまで「安易な説明」や「他人に理解されやすいような動機づけ」を,自分の内発的動機であるかのように扱ってきたことがあったし,それが自身の内面と一致していないことを放置している側面があった.特に「クイズ」については,とにかく他人との齟齬を起こさないように一般的な動機づけをして自分を満足させている側面が大きかった.しかし,考えてみれば,「クイズの何が面白いのか」というのは個人ごとに違っていいはずである.クイズをやる上で色々と違和感を感じることは多いが,セルフインタビューの要領に従えば,そのときに「なぜそれに違和感を感じるのか」「その違和感をどうしていきたいのか」など,徹底的に自分に問い続けることが大事なのである.決してSNSに不満だけ書いても始まらないのだ.(ちなみに筆者はSNSの使用について警告を発している.)

繰り返しになるかもしれないが,自分の「衝動」を見つけることは非常に難しく,掴みどころのないものに如何に近づくかという難易度の高い行為である.そのためには,自らの知性をフル回転させる必要がある.「衝動」という,一見して知性と対極にありそうな概念でありながら,そこに横たわる思考のあり方は非常に深いものがあるように感じた.