2024.5.23

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公開:2024/5/23

昨日は結局0時半くらいに就寝して、6時20分くらいに目が覚めた。睡眠時間短いなあ、もう少しうとうとしておきたいな、と1時間くらいベッドのなかでごろごろした。ここ数日のことだが、気が散ってざわざわしているからか、ベッドに入ってもあんまり寝たくなくて、眠りにつく時間が日付を超えてしまう。疲れているから本当は早く寝たいのに。

そろそろか、と起きてきて、じゃがいもとパプリカをオリーブオイルで焼き、デュカとレモンで味つけしたケールのサラダに、目玉焼きを二つのせて食べた。めずらしく朝から料理をしたし、野菜を食べた。さすがに野菜を食べなきゃ、と思ったので……(昨晩お蕎麦屋さんで、梅たたき胡瓜、蕎麦つゆで漬けたトマト、水茄子と蕪と胡瓜の塩昆布和え、桜エビのかき揚げ、もり蕎麦を食べたが)。

母がヨガしはじめたので、わたしも太陽礼拝を何セットかやり、背中や肩、股関節のストレッチをやって、シャバーサナで仰向けで目を瞑り、だいぶ落ち着いた。

自分のペースでゆったりじっくりヨガをしたら9時になっていたので、急いでシャワーを浴びてメイクをした。何着ようかな、で立ち止まってしまったが、薬も飲んで、なんとか家を出てきた。

今日は理事会なので、PCを持ってきた。そのあとは刀削麺を食べに行く約束もしている。帰るの何時になるんだろ。寝たい。気が重くてちょっと動悸がしそう。

天気も曇っていて空気も重たい感じなので、パートナーが作ってくれた8月のプレイリストをひさしぶりに聴いた。はじめてパートナーが作ってくれたものなので、思い入れがある。

パートナーが本当に大変そうに仕事していて、話せる気配がしない(返事が返ってこない)ので、生活からひとつ楽しみが減っている。昨日も会議後一杯だけ飲んでいい気持ちで帰ってきたのだが、酔ってもパートナーに電話をかけられないのは残念だった。……と書いていたら、部屋で気絶していた、と連絡が来た。こういうときは遠くに住んでいると歯痒いが、多分一緒に住んでいたとしてもその大変さを減じることはできないから歯痒いのだろうな。

仕事場に着いてから午前中は仕事をして、一段落ついたので三木那由他『会話の哲学 コミュニケーションとマニピュレーション』を読んだ。発話を、共通の約束事を形成するコミュニケーションと、言外に相手を操るマニピュレーションのレベルに分け、具体例とともに論じたもの。具体例が多くてごちゃごちゃした印象だったが、例の中から読みたい作品を見つけるためにはいいかも。扱われている作品も良かった。マニピュレーションと差別の話で、「受け手の気のせい」にしてはぐらかし、言い逃れすることができる、という指摘があって、そこにふむふむと思った。

ハーブティーを飲みながら、6月にパートナーに送るプレイリストを作った。6月を作り終えたから、なんと残すはあとひとつ、7月のみ。もう1年がひとめぐりしてしまうのだなあ。恋人に1年分作ってもらい、わたしがお返しに1年分作っているところなので、仲良くなってから2年くらいになろうとしているということ。7月まで作り終えたら、公開していいよとパートナーに許可をもらっている。もちろんパートナーに宛てたものだけど、作ったプレイリストには良い出来のものもあるので、他のひとにも聴いてほしい!

書類整理したりシュレッダーにかけたりと少し動いて仕事した気分になって、また本を読みはじめた。カロリン・エムケ『なぜならそれは言葉にできるから 証言することと正義について』。エムケはタイトルが良いからか、以前から書店で見かけるたびに気になっていて、やっと借りてきた。証言的不正義については長らく関心がある。それはおもにジェンダーの領域についてで、わたしはもっと人種差別のことも学んだほうがいいだろう、と感じる。今パレスチナで起きている虐殺、占領、民族浄化、あまりの理解不可能な、人間を「物体」に貶める暴力。「言葉にならない」と言うことが、その証言の凄惨さを真摯に受け止めているよというサインではなくて、それがどんなふうだったかを見落とし、「もう済んだこと」にしてしまう、というふうにはたらくことを、鋭く指摘する。言葉にならないことを、それでも語る。そこにエムケは、一度裏切られた世界=他者への信頼回復、そして倫理を見る。

理事会がぴったり1時間で終わり、その後は地元が一緒の理事にお腹いっぱい中華をご馳走してもらった。大盛りの焼き刀削麺を食べた。最寄り駅まで一緒なので、たくさん喋った。