『ミセス・ハリス、パリへ行く』(2022年公開)

murakamirico
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 アマプラで鑑賞。1957年のロンドンで通いの家政婦として働くミセス・ハリスは、行方不明だった軍人の夫が亡くなったことが判明、雇い主の家で出会ったドレスにあこがれを抱く。サッカーくじや遺族年金やドッグレースや(グレイハウンド可愛い)働いたお金で500ポンド作り、ディオールのドレスを買うためにパリに行く。

 とても良かった。意気揚々と着いたパリが労働争議でゴミだらけになっているとか、モデル、マネジャー、秘書、お針子さんと、それぞれの才能を生かして働いている女性たちが連帯していく様子を描いているとか、ファンタジー一辺倒ではなく、いまの世界をできるだけ反映しようとしているところに好感を覚える。いい人ばかりのコメディ仕立てではあるが、1957年(スエズ危機の年だ)の世相を背景に、旧来の階級社会と、揺らぎ始めたその境界への視線は常に注がれ続ける。

 ただ「男たちがめちゃくちゃにした世界を女が片付ける」というようなキメのセリフは正直ちょっと保守的に感じて気に入らなかった。男を表に立てておおやけの仕事を進め、女たちは後ろで糸を引いてサポート……という体制を好ましいものと受けとめることはいまの私にはできない。が、まあ、義母と一緒にお茶の間で楽しく見られたので、ある世代やある層にはちゃんと刺さる仕上がりになっているのだろう。世界にはこういう言葉がまだ必要なのだ。たぶん。

 レスリー・マンヴィルひきいる俳優たちの演技とコスチュームと美術はとてもよかった。ミセス・ハリスの住んでいる部屋は例によってロンドンの半地下なのだが、ウィリアム・モリスのデイジーの壁紙が貼ってあったりしてめちゃくちゃ可愛い。衣装デザイナーはジェニー・ビーヴァンで、『マッドマックス怒りのデスロード』で名前を覚えたが、1980年代の一連のマーチャント=アイヴォリー映画や『ゴスフォード・パーク』など時代ものの衣装デザインを手掛けてきた人だ。次々に出てくる美しいドレスは目に楽しく、場面ごとの色遣いがちょっとやりすぎぐらいにぴったりハマっていた。

(ネタバレ)最初にロンドンの雇い主の家で淡いピンクのドレスと出会い→パリで濃い緑と赤のドレスに順番に惹かれ→ロンドンに戻って緑のドレスがダメになったあと最初のピンクのドレスを再び見ると、同じドレスのはずなのになんだか色あせて見えて……というカラーパレットの推移が大変巧みだった。ミセス・ハリスは美しいドレスに文字通りに恋をしていたのだなと思う。

 ポール・ギャリコの原作小説はシリーズが何作かあり、最近復刻版が出た続編ではミセス・ハリスが国会議員に立候補したりしている(未読)ので、このスタッフと役者でどんどん映像化してほしい。

@murakamirico
文筆・翻訳家の村上リコです。試験運転中。短文、思いつき、つぶやき、日常、使いそびれのこぼれ資料など。