鉛筆を握る

murasaki
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2020年はとにかく家に籠りきりの一年だった。その翌年、初めて教室での授業があった日のことは今でもよく覚えている。青山塾の授業は、おもに表参道にある青山ブックセンターのイベントスペースで行われる。19時終わりの在宅勤務だったので、フレックスで退勤して教室へ向かうと、長机がずらりと並んでいて、そこに各々が座っている。一つの机を2人で分け合うといった形だった。ずっと家や近所で生活をしていたから、初めての場所で、初めて会う人が集まっていることの鮮やかさがまずあった。

ファッショナブルな女性モデルや、ごく一般的なスナップショットのような写真がアシストとして配られて、先生がこの写真を画用紙に鉛筆の線で写してください、と説明する。ただし、潔い線で、と。準備する画材についてはあらかじめ案内があったので、鉛筆、できるだけ濃いもの、練り消しを持って行っていた。鉛筆を握る。線を引く。心臓がどきどきして、鉛筆を握る指先が震えていくのがわかった。絵を描いているのだ。こんなにたくさんの人がいる場所で。そして、ここにいる人たちもみんな、絵を描いている。絵を描いている!それは私にとってはちょっと衝撃だった。小さい頃はお絵かき帳に絵を描くのが普通の遊びだったが、あくまでそれはお遊びで、いつかは卒業していくものだと思っていた。年齢を重ねれば時間は勉強や部活やその他のもろもろに割かれるべきで、大人になっても絵を描くことを許されるのは一握りの才能と信念を持ち合わせた人だけ。私は『絵を描く』人ではないんだと少しずつ諦め続けるような毎日だった。それなのに、ここにいる大人はみんな平日のこの時間に集まって当然のように絵を描いている。そのことが驚きだった。

コロナウィルスの感染を避けるため、できるだけ受講生同士でも会話をしないようにアナウンスがあったので、誰とも会話をすることなく帰り道についた。鉛筆を握ったときの鼓動がまだ続いていて子供の頃に感じたようなシンプルな高揚があった。