ときたま、やりたいとか欲しいとか思ったことに対して衝動性が押されられなくなる時がある。それが1日。
今中国茶にハマってるのもあり家でお茶を入れたいのだが、肝心の急須をまだ手に入れてないので茶漉しを使ったり、前のガラス急須を使ったりしている。茶漉しは蒸せないから絶対急須がいい。ガラス急須あるやん?と思うかもしれないがこれは紅茶用に使ってるもの。
そんな事もありいますぐ急須が欲しい、という衝動にかられ、隣駅の茶器屋さんにいそぐ。晴れてるし最高。の気持ちで向かうがついてサイトを確認すると予約制だったことに気がつく。大抵衝動性を駆り立てて動くとこういった小さいところで失敗する。でもとにかく動いたことで収まってきたかも……と駅に向かうがそんなわけもなく、無印であるといいけど必須では無い竹の収納ボックスと本屋でサクラクレパス36色を買い、収まる。買い物したかっただけの人?でも冷静になれたことで急さを吟味する余裕が出たでしょう。今週か来週には手にしないとまた起こりそう。衝動性に身を任せられたら良いのにね。破滅
その衝動性の熱なのかわからないが、ずっとやろうと伸ばしてた服のボタン付けや反戦ビーズ織を進める。完全にハイだ。おかげで進んだが、夜遅くまで起きると次の日のお腹の調子が確実に悪い。ビーズの色足りないからまた買い足して次はno war完成させたい!

この木のお皿は先週にソメイヨシノの板から削ってお皿にしたもの。可愛いぜ
ご飯中に気候危機のニュースを読み上げるという会を聞く。第二回もやるらしいからみんなにも聞いて欲しい。政治も気候変動も生活も地続きなのに、なぜこんなにも人は無関心なのか。気候危機は二酸化炭素を減らせば解決するシンプルな話なのに、それすら出来てない。なんなら化石燃料やAIデータセンターにより加速する一方。その代替に原発を出してくるような恐ろしい国日本。
「気候正義」という内容は知ってたがすでにそれに言葉が当てがわれるほどになってることに驚いた。先進国や今を生きる人々の行いにより、二酸化炭素排出量が少ない国が被害を被ったり若者が生きる時代の環境が悪くなったりすることを言及する言葉。マジで不公平だよね。
親戚が、姪や甥ができることは嬉しい一方、その子たちの未来が暗いことへの落ち込みと周りの無関心さ。愛してんだろ子供のこと?