土曜日、19時半ごろ。ふと、部屋のドアが開かれる音がした。ガレージを改造したこの部屋は、ゆっくりとドアを開けるとギギ…とぎこちない音がする。
「おや寧々、いらっしゃい」
「え、見てないのになんでわたしってわかるの。怖」
「そりゃ、幼なじみだからねえ」
「怖すぎ。わたしにはわかんない」
いつも通り淡々と言葉を並べ立てる彼女は、隣の家に住む僕の幼なじみ。疎遠の時期があったとはいえ、もう10年の付き合いになる。なのでドアを開く音で寧々だとわかるのは当たり前だと思うのだが……彼女からすると少し気味が悪いようだ。
「そんなことより、修理お願い。ネネロボがおかしいんだけど。昨日なんか夜中に急に喋り出して本当に怖かったんだから」
「またかい?この間修理したばかりなのにね」
「修理したあとからおかしくなったから類のせいなんじゃないの?」
「そんなことはないと思うんだけどねえ。まあ、直してみるよ」
「ありがと。……あ、このDVD見てていい?」
「いいよ。終わったら教えるね」
この幼なじみは、当たり前のように僕の部屋を訪ねてきてはこのように長時間居座る。しかも薄着で。僕だって一応男子高校生なんだし、少しは警戒心を持ってもらってもいいものだが……僕にそんな度胸がないことを見透かしての行動なのかもしれない。それならまだいいんだけど。よくはないか。でも、もし他の男の家でも同じようなことをしていたら流石に…例えば、司くんとか。今度探りを入れておこう。
「類?早く修理してよ」
「……そうだね。少し待っていてくれ」
「もう、類は自分の世界に入っちゃったらすぐこうなんだから。早くしてよね」
「確かにそうだね、気をつけるよ。……そうだ寧々、帰るとき、もう遅いし送っていこうか?」
「絶対思ってないし…。別にいいよ。すぐそこだし」
「……それもそうだね」
このくだりはいつものことだ。確かに歩いて数メートルなのだから、必要ないに決まっているだろう。それでも、何か…なにか心配なんだ。何故なのか、自分でもよく分からないけど。
「……じゃあ、次は送っていくよ」
「どういうこと?家までの距離は変わらないんだから、今も次も同じでしょ。大丈夫だって」
僕は意気地なしだから、いつもこんなことしか言えない。それでも寧々は、飽きることなく毎回ちゃんと返してくれる。勿論、結果は何も変わっていない。それでも、こんな風に意味のない会話を繰り返せる人が近くにいることが、僕にとっては本当に幸せだ。
「…寧々」
「なに」
「いつも、ありがとう」
「…なに?怖い。どうしたの?まさか明日台風来る?」
ソファの上にあったぬいぐるみを抱きしめて、わかりやすく身震いする彼女を横目に、僕はロボットの修理を進める。
昔から、ずっと変わらない光景。
このガレージには、幼いころからの僕たちの思い出が沢山詰まっている。此処から溢れちゃうくらい、きみと僕との思い出を積み重ねていけたら。
「類!また手止まってるよ」
「ああ、すまないね。気をつけるよ」
「絶対思ってないでしょ……。まあ、いいけど」