本格的にヘッドホンに興味を持って調べだしたとき、業界の最高峰はHD650とK701だった。当時の評価はふくよかな音、豊かな低音、そして音場の広さ。耳掛け式を長く使ってきた身としてはどれも未経験の特徴であり、特に音場の広さはぜひとも味わってみたいものであった。
試聴はしただろうか。してない気がする。地元では今でこそSennheiserのミドルクラスまでは勝手に聴けるし、店員に頼めばD8000クラスもクリアケースから取り出して聴かせてもらえるが、HD800など発売からしばらくはありもしなかったし、登場したと思ったら飾ってあるだけで聴けもしなかった。HD650などもクリアケースの中で、試聴できるかも分からなかった。
ヘッドホンアンプが前提だったから、なかなか手が出なかったが、結局その魅力に抗えず、ヘッドホンアンプとともに導入することとなった。組み合わせたのはFostex HP-A7だ。今でもYoutubeでHP-A7とHP-A3のインタビュー動画を見ることができる。7万円と3万円の製品で、開発担当者がインタビューで回路の解説までやるって、いい時代だなと思う。音は現在の製品に遠く及ばずとも、あの価格帯と所得水準だからこその熱気があった。
大きな箱を開けると、まず箱内部のスポンジの独特なにおいが漂ってくる。う○この匂いという声もあり警戒していたが、そんなに悪くない。これなら拒否感よりわくわく感の増幅に寄与する感じだ。ヘッドホン自体はかなり軽い。370gのHD800は最初すごく重く感じたから、300g付近は私にとって頭に異物感を伴うかの境界なのだろう。側圧が強いとよく言われていたがまあ許容範囲だ。
当時としては、これまでに使ってきた機種にはない空気感が印象的だった。大型のヘッドホンをかぶり、卓上のヘッドホンアンプのボリュームを回して音楽を聴く。確かに音楽を聴く満足度は格段に上がった。しかしそれは同時にオーディオ沼の入り口でもある。広い音場ゆえにこれまで気にしたこともなかったことが気になる。スピーカーだとユニットの近くに定位する音像が耳元で鳴るのが煩わしい。微妙に後方定位するのも気になる。ピアノの高域が片側からばかり聴こえる。こうして楽しみつつも苦しむという、趣味を追求することの醍醐味を味わうことになったのであった。