私はこのクラスのヘッドホンアンプは他に持っていないので、その音質について客観的に述べることはできない。私にできるのはこいつに振り回された記録を残すことのみだ。
試聴時に感動したジークフリートリンキッシュモードだが、実際に購入して使っているとまあいろいろなことが見えてくる。まず、ジークフリートリンキッシュモードという名称や、「ヘッドフォンを今までに感じたことのない次元へと引き上げる究極のヘッドホン専用プログラム」という説明は日本語以外では見つけられなかった。日本での販売価格が海外に比べて高かった(その代わり日本特別仕様となっていた)ので、日本人向けに大げさに宣伝していたのだろうか。
本体にはバイノーラルモードを意味するBINの文字がある。そして英語版のホームページには、ジークフリートリンキッシュ博士の論文「Improved Headphone Listening」に基づくバイノーラルモードというような表記がなされていた。この論文に載っているのはクロスフィードである。日本の代理店の説明では、レオナルド回路をヘッドホン用に落とし込んだということになっていたが、非常に怪しい。ただのクロスフィードでしょ?
試聴した当時は全く新しい技術かと思ったが、所有して聴き込んでみると、なるほど確かにこいつはクロスフィードだ。だが、今まで聴いたどのクロスフィードよりもよくできている。響き成分の減衰や音場がこじんまりするといったクロスフィードのデメリットがほとんど感じられない。
だが、思い出補正なのか知らない音源だったからなのか実際に祭りの時の展示品と差がある(そう思う理由は次の記事で)のか分からないが、どうにも祭りの時ほどの効果がないような気がして、結果ヘッドホンをとっかえひっかえする羽目になってしまった。
5年たった今どうしてるかというと、LCD-3を使っているときは常時オンにしていたが、Empyreanに替えてから基本使っていない。この機能のために買ったようなものなのに皮肉なものだ。最初からオンにして音楽を聴いていれば違和感がないくらい優秀なDSPであることは確かだ。ステレオ音源が想定した本来の音と思ってこちらを聴き続けるのもありだと思うくらいのクオリティはある。が、聴き比べると音像にまとわりつく響きや音触のなめらかさ、左右がセパレートされていることによるいい意味での閉塞感というか濃密な空気感が薄れて一長一短だ。5年間の使いこなしによって、初めてヘッドホン祭で聴いたときと同じくらいの効果は出せていると思うが、同時にDSPに対するハードルも上がっているかもしれない。英語版のマニュアルには Use the binaural mode for a better audio quality for more details.と書いてあり自信がうかがえるが、残念ながら失うものはないというレベルには至っていないと思う。あるいはここで失われるものがスピーカーにはないヘッドホンリスニングの強みなのかもしれない。