1.美しい食べ物 ~苺~

ながれ
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1月の晴れた風の強い日だった。

同行人の運転で、市街地から少し離れた場所にある、農園に向かった。事前にいちご狩りの申し込みと予約はしてあって、地図を見ながら、大きな通りを山側へ右折し、細い道を少し行くと手作りの案内板があった。

それに導かれて私たちが到着したのは、大型の(農業に詳しくないので素人の感想にすぎないが、ドアも換気口もあって適切に湿度と気温が管理されている)ビニールハウスが立ち並ぶ、いちご農園だった。

車を下り、引き戸をガラガラと開けると、電話でやり取りをした方と思しき人が、受付で私たちを待ってくれていた。HPで見た代表の方の写真と同じ人だ。

来客対応も代表の方が行っているらしい。私たちは料金を支払い、おそらくいちごのヘタを入れておく用途であろう小さなプラスチックの袋を受け取った。

代表の方は、立ち入ってはいけない場所と、お手洗いの場所について私たちに説明した。受付の目の前にある品種のいちごは、真っ赤な完熟のものよりも、少し白い部分が残っているものが食べ頃だということも、該当する苺を指し示しながら教えてくれた。

強い風がビニールハウスの壁を叩いて時折大きな音を立てている。

いちご狩り含む果物狩りは、機会があったら参加したいと思っている。私は果物が好きで喜んで食べるけれど、私はそれらに対して消費者としての関わり方しかしていない。農家の方が摘み取ってパッケージングしたものを、スーパーで選んで買って、食べる。作っている人の顔も、商品が育った環境も知らない。何も果物だけじゃなくて、肉や魚や野菜や加工食品……ほとんど全ての食品について、そうだ。ブロイラーをすし詰めに飼育しているところの写真を見たことがあるが、写真だけで、実際に見たことはない。

生産に関わる人の顔を直接見ることができて、その生育環境に足を運び実っている状態の命を自分の手で摘み取る体験と、季節の恵みをその場で味わう体験ができるという点において、果物狩りはハードルが低く参加しやすいように思う。

農家の方にとっていちご狩りはどのくらい利益になるんだろうか。パック詰めなしで中間業者を挟まず直接客に販売すること、この農園の他にもいくつかの農園でいちご狩りの受付が行われていることを考えると、利益にはなるんだろうなどと推測してみる。

辺りを見回すと、長い脚のついたプランターがずらっと列になって並び、胸ほどの高さの位置に苗が隙間なく緑の葉を茂らせていた。人が1人通れるほどの通路側に垂れ下がった茎の先には、一番多いのは緑の実、ところどころに真っ赤で立派な苺がたわわになり、次いで5枚の白い花弁の可愛らしい花があった。

いちごのプランターの前で、赤い苺をひとつ持ったセーターを着ている左手の写真。

ああ、とため息がもれた。近くに生っていた赤い苺に手で触れる。少し細身でツンと高さがあり、円錐に近い形で、種は少なめ、張りと艶のある甘い宝石。ビニールに遮られた柔らかな日光を反射して、種と種の間の丘の部分に点々とハイライトを作っている。円錐を影が回り込んで、反対側は濃い色になり、頂点に向かうと赤、へた側に向かうと薄緑のグラデーションがその身を彩る。

ここまで育てるために、かかった時間と作業のことを想像しようとしても、到底及ばない。

苺を優しく掴み、へたと茎の境目を親指で抑え、手首を手前に返すと簡単に摘むことができる。これまでのいちご狩り経験が生きる瞬間である。

へたを持ってかぶりつくと、ビニールハウスの中とはいえ冬の空気でひんやりとした温度と、甘酸っぱさが口に広がって、嬉しくなる。「美味しい」より先に喜びがあった。それから咀嚼して味わう。酸味が舌を刺激し、その後に優しくすっきりした甘さが広がる。何個でも食べられるバランスタイプの苺だった。

それから私たちは、いちごたちの列のあいだをうろうろとし、時々食べ、その美味しさを称えた。寒さと風を逃れて入ってきたのか、隅っこでねこがのんびりしているのを見つけて、賢いなと思うなどした。隣接したビニールハウスの間を移動していると、時折ほかのいちご狩り客と見られる人達とすれ違った。

苗には品種の記述がある列とない列があって、葉のぎざぎざの大きさや、種の密度や、苺のごつごつ具合から、おそらく違う品種であろうと予想した苺を食べ比べたりした。甘みが強いもの、独特の香りがあるものなどそれぞれ個性があった。結局最初に食べた高さのあるツンとした苺が二人とも気に入って、そこへ戻ってきた。

時間が経ち、受付をしていただいた方の手が空くのを少し待って、挨拶をして、入ってきた引き戸からビニールハウスを後にした。45分もあれば、充分に苺を観察して味わうことができた。一月のまだいちご狩りの受付が始まったばかりの時期なので、全体の苺の量は少なかったかもしれない。この冬最初の実りの恩恵にあずかることができて嬉しかった。高い品質の食品を安定して生産し、家庭に供給する物流が存在する国に生まれた事実を噛み締めた。

いちご狩りには行くくせに、普段の生活ではパックの苺は買わない。高いからだ。体験込みの金額としていちご狩りの料金には納得しているけれど、苺1パック800円となると、躊躇してしまう自分がいる。そういう時に、自分たちのために旬のものをぽんとカゴに入れるくらいの暮らしの余裕が欲しいな。

@nagare
ながれです。 ときどき文章を書きます。