夕方にのそりと起きて、湯を沸かし、風になびく外の洗濯物を中にいれようとベランダに出たとき、カエルが一斉に鳴いている声が聞こえた。
周りの水路とか、草むらで鳴いてるのかな、とぼんやり思った。外は意外と暖かく、優しい風だったので、洗濯物はもう少しそのままにしておくことにした。家の窓を少し開けて、その風を取り入れようと試みる。
台所に戻り、トースターで食パンを温める。一番お気に入りのティーバッグを選んだ。それを入れたコップに熱湯を注ぎ、スマホでタイマーを5分セットする。キッチンタイマーがほしい。インスタントのコーンスープを用意する。
そうこうしている間、カエルの声について考えていた。梅雨の時期の夜なら分かるが、湿気のあるだけの曇りの日に、カエルが鳴くのは珍しい気がする。寝てる間の天気は分からないけど、家人が洗濯物を外に出したということは、雨は止んでいたということだろう。不思議だ。
ベランダで聞いたカエルの声を思い出そうとするが、注意深く聞いていたわけではないから、思い出せない。
気になって、もう一度ベランダに出てみた。するとどうだろう、カエルの声など一切しない。風はさっきより強くなって音を含んでいる。往来の車の行き交う音と、17時を知らせる放送の音楽、どこかの工事の反響音……探しても、カエルの声がしない。あのひとたちは、急に同時に鳴き止んだり、鳴き出したりするから、今鳴いていないだけなのかな。
あれはなんだったのだろう。幻聴か?そんなはずはない、と思うが、だんだん自信がなくなってくる。
とりあえず、やっぱり洗濯物を部屋の中に入れることにした。そのうちにタイマーがなり、紅茶の世話をしに戻る。食パンにマーマレードを塗って、準備ができた。
食卓にランチマットを敷き、皿たちとコップを並べ、食事にありついた。
よくなったものだ、と思う。一人暮らしができなくなってこの家に戻ってきた最初の頃は、体が生きるための食事をやんわりと拒否し、湯を沸かすことすらできず、あらかじめ食卓に惣菜パンが用意された状態でないと、一人で食事をするという選択ができなかった。
胃が満たされた。カエルの声は聞こえない。これから歌の練習をする。