田舎に住んでいる、平凡な(けれど歪さも持ち合わせている)家庭、平凡な人生を持つ主人公が、ある日突然、田舎には珍しい、綺麗な顔立ちをした、孤高の存在の女の子と出会う話、音楽。そういうものを見る度に、思い出す女の子がいる。
わたしの地元は本当に田舎で、電車もないし、遊ぶ場所と言ったら個人経営のカラオケか海くらい、という場所だった。とはいえ田舎の風景は好きで、緑が多く、海が見える地元は好きで、中学になっても、友達と自転車で田んぼのあぜ道を走り、冬は家の裏に捨てられた雪山で遊ぶ、そういう中学時代だった。趣味が同じ、話の合う友達がいて、運動音痴のわたしの陰口を叩く陰湿な陽キャ男子かいて、友達とまではいかない、話しかけてくれる優しいクラスメイトの女の子がいて、小学校低学年までは習い事が同じで仲が良かった一軍女子たちがいて、そういう、人生。ひとつしかない小学校、ひとつしかない中学。受験で出る人もいるけれど、そんなの1割にも満たず、基本いつまでも、小学校から同じ60人。そのうち40人くらいは幼稚園から同じだった。それが当たり前で、全員の名前がわかって、町の人も顔を見るだけでどこの子どもかわかる世界。けれどそんな閉鎖空間で、わたしは誰にも名前を覚えられていないと思っていた。今も思っている。けれど実際は思っているよりもわたしのことを知っている地元の人達は多くいるのだろうと思うと、怖くて、地元から出てよかったと、思う。
そういう世界で生きてきて、初めて出会ったのが高校受験のあの日、長い黒髪が綺麗なあの子だった。芋臭い、謎に重すぎる変な前髪をしていたわたし。周りもそういう子ばかりで、かわいい子は気の強い顔の、天然美人な一軍女子くらい。性格もキツめな子ばかり。「あの子かわいいよね」と話題に出る子はそういう子ばかりで、わたしはその「かわいさ」がわからなかった。顔が綺麗なのと、かわいいは違っている、と、あの頃はわからなかったけれど、今思うと、そういうことだったのだろうと思う。
長い黒髪が綺麗な、色白で、顔が小さくて、華奢で、気弱そうな女の子。今でも鮮明に思い出せる、高校受験の会場の教室で、真ん中の席だったわたしの斜め前にいたあの子。わたしはその子を見つけて、受験が終わってから真っ先に妹にかわいい子がいた! と報告したのだった。部活が同じで仲の良かった友達にも話した。はじめて、生きている人間に対して「かわいさ」を見出した瞬間はあの日だったと思う。
それからしばらくして、高校に入学し、クラスを見渡した時その子はいなかった。高校もほぼずっと変わらないメンバーで、けれど地元の高校には周囲の地元よりも田舎で高校のない町から通う子もいて、知らない顔もいくつかあった。あの子はそうだった。隣町の、わたしよりもずっとずっと狭い世界で生きてこなければならなかった子だった。あの当時はそこまでその田舎の異質さを感じていなかったため、あの子に対してもわたしに対しても、可哀想だ、みたいな感覚はなかったのだけど、大学に入って、ああ、異質だったな、と思うようになって、あの子の世界はどれほど息苦しかっただろう、と思った。
かわいいあの子は、まさかの、先程かわいい子がいたと報告した同じ部活で仲の良かった友達と友達になっていた。美術部の部活体験に友達と一緒にいるのを見て、話しかけたのが始まり。喋り方は思っていたよりもオタクっぽかったが、それすらもかわいかった。それから結局わたしもその子も友達も、みんな美術部ではなく吹奏楽部に所属し、なぜか別クラスの吹部組の中の3人(その子と友達ともう1人(こいつは時折ツイートしている気がする三枝明那のオタク))が音楽室の横の部屋でお弁当を食べていて、それに気づいてから、昼休みはそこに顔を出すようになって、わたしとその子がいちばん良く話したのはあの空間だったと思う。陽キャのいない、仲の良い子達だけの空間。あの空間のあの子しか、知らなかった。
それからしばらくして、その子は不登校になって、高校をやめた。高校やめる、と話してくれて、でも引き止めるとか、そういうことも、理由も聞けず、LINEだけ繋がっていた。けれど話すこともなく、そのまま。1度だけ、ピアス開けるから通話したい、と言われて、けれどその日は裏垢の人たち(君たちですよー)と話す予定があったため、断ったことがあった。それから別の友達はちょくちょくその子と話しているみたいな話は聞いていて、まあそんなに関わりなかったし仕方ないよね、くらいに思っていた。
それが突然、高校卒業後にLINEが来て、引っ越す前に会おう、と言われ、会って、色々話をして、それから引っ越して大学に入ってから、その子とはやりとりが続いていた。8月、夏に会おう、と約束をして。けれどそれが守られることはなく、もうだめかも。という報告から、既読がつかなくなった。
いつか、こんなことを言われた。
「凪ちゃんがいたから高校行こうと思えたんだよ」
嬉しくて、でもそんなつもりなくて、わたしが学校に行って、朝のほんの少しのやりとりが嬉しかった、と。可愛いって言ってくれてくれて嬉しかった、頭撫でてくれて嬉しかった。わたしはそんなつもりなかった、けれど、そういうものがあの子の学校に行こうと思う理由になっていたと思うと、本当に嬉しくて、初めて自分がそこにいると感じた。存在価値とか、そういうのじゃなくて、わたしという人間そのものがあの子によって見つけられたみたいな、そういう感覚。あの子はああ言ったけれど、わたしはあの子のその言葉がずっと嬉しくて、未だにふと、思い出す。
それから既読がつかず、あの子は東京とかに行ったのかな、と勝手に思っていた。誰もあなたのことを見ない、あの高校一年のあの子のクラスの、わたしの地元(田舎?)特有の、異質なものを排除しようとするみたいな空間、あの子がそんなものを思い出さないように、どうか、誰もあの子のことを知らない場所で、生きていてほしいと思って、そんなことを考えていた。けれど実際はあの子は大学をやめて、わたしの地元のホテルで働いていると聞いて、勝手に、ショックを受けた。
わたしの理想のあの子じゃなかった、そういう押しつけをしていた。地元のホテルの受付をするあの子に、「かわいさ」を感じられなくて、絶望したよ
けれど、あの日、高校入試のあの日に見つけたあの子は今でもかわいくて、わたしがどれだけ容姿をかわいくしようとしても、かわいい服を着ても、あの「かわいさ」は手に入れられなかった。わたしのかわいいは、あの子のものだった。このあの子のかわいさは、わたしからいつまでも消えることはないのだろうと思う。あの子が変わっても、あの子にかわいさを見つけられなくても、わたしはきっと、あの日見たあの子のかわいさに縛られて生きる。そういう、人生。