ずいぶん大きな音だな、と私も思った。閉店するのか、店の看板(一枚の板状でなく、店名が一文字ずつ壁に取り付けられているタイプ)の文字を取り外している音。年季の入った店だったから、金具が錆びているか汚れがこびりついてしまったとか。
ちょうどバスが信号待ちで停止し、そちらをなんとなく見た直後、窓のほうに頭をあずけて眠っているように見えた前の席の女性が、その大きな音に起こされたのか、ふっと頭を上げて、それから体をまっすぐに戻した。動きの軌跡が見えるように、とてもゆっくりと。工事の音を認めて、でも自分がいまどこにいるのかはよくわかっていない様子で、またゆっくりと窓に頭をつけてしまった。
それからバスが発車するまで、たぶん10秒くらいのできごとで、だから何だということもないのだけど、後ろでただ見ていた私は、映画を見ているようだったなと、この10秒間を頭の中で再生した。大きな金属音、「フッ」とちいさな書き文字を添えたくなるような反応、ゆっくり体を起こして、またゆっくり体を傾ける...
くだんの女性は慣れいてるのか実は眠っていなかったのか、適切なタイミングで体を起こし、降りるべき停留所で降りていった。勝手にあれこれ心配していた私とは違い、最初から最後までおっとりと静かな動作だった。