嫌いな食べ物は? と訊かれたら、スッと出るのは「シナモン」「山葵」「パクチー」である。これらは、口に入れると何とも言い難い殺意のようなものが湧き出る。表情にも現れてしまうらしく、たとえばお菓子や菓子パンなんかで原材料名に「香料」とあるだけではっきりと名指しされずしかし存在感が隠しきれないシナモンを感知すると、憎悪に満ち溢れた“すごい顔”をしているのだそうだ。
しかしこの三つは、食べられないわけではない。いつもは避けているが、何らかの手違いでうっかり口に入ってしまっても飲み下すことはできる。味・香りが好みではないというだけの存在だ。
では、タイトルが示しているのは何か?
鮭(サーモン)である。
幼い頃から、鮭(サーモン)がダメだった。口に入れるとえずいてしまうのだ。
おいしそうだ、とは思う。人気の高い魚だから、取り入れたレシピは多い。海鮮丼・海鮮太巻きにはほぼ必ずといっていいほど入っている。あのつややかで鮮やかな紅緋色、実に食欲をそそる。脂のうまみ、甘みもわかる。見ると「食べたい」と思う。
が、食べられない。何故か体が受け付けてくれない。嫌いというわけではないのに。
年齢を重ねるにつれ、魚を食べたいと思うことが多くなってきた。それだから、鮭というお手頃で入手しやすい魚は大変ありがたい存在であるはずなのだが、この体たらく。栄養としては練り物でもじゅうぶんだということは知っている、しかし台所を縄張りとし日々献立に悩む身としては、何とかしたい。私が食べられるようになって食卓に出せるものの数が増えればこんなにいいことはない。「嫌いなもの・食べられないものは食べなければいい」とはよくいうが、食べられる可能性が少しでもあるのならチャレンジしていきたいのだ。
とはいうものの、そう簡単に何とかできるというわけでもなかった。テレビで見て「これならイケるのでは?」と作ってみた鮭のつくねは、臭みを消す酒・しょうが・長ネギを結構入れるレシピだったにも拘わらず、一口含んで「あ、ダメだ」と箸を置く結果となってしまった。
私が鮭を食べる道は完全に断たれてしまったのか――?
それから数年後、家を建てることになり、地鎮祭で使われた立派な鯛をどうにかしなければならなくなった。当時は少し離れた距離に住んでいたので義両親にお裾分けというわけにもいかず、配偶者と二人で消費することが確定した。ニトリで九百八十円で買った安物の包丁で一生懸命捌き、何とも不格好なお造りと鯛めしが出来上がった。
立派な鯛の身はまだある。そういえば、鯛といえば昆布締めってやつではないか? 切り身のままよりもちょっと保存もきくらしいということで、昆布締めを作ることにした。インターネットで「昆布締めってどう作るんだ?」と検索して見つけたページのレシピは、想像していたよりもとても簡単だった。印刷するまでもないのでメモに書く。
するとその最後の方に、こう書かれていた。
「鯛以外のお刺身のサクで作ってもおいしいです」
それはそうだ。昆布のうまみを染みこませればおいしくなるに決まっている。日本人の昆布における信頼性は高い。
そして私は思いついたのである。
鮭も昆布で締めてしまえばいいんじゃ?
あんな色してるけど白身魚だし合わないわけないっしょ!
しばらくして、私は試しに買ってきたトラウトサーモンの刺身のサクを昆布締めにした。正確にはトラウトは鮭ではなく鱒なのだが、サーモンの刺身やお寿司でもえずいてしまうので、私にとっては同じようなものである。
一晩経って、夕食に出してみた。もしやっぱりダメで食べられなかったら、配偶者に任せれば無駄にはなるまい。さあ、挑戦だ。
実食!
食べられる。
全然オェッとならない。
私は感激した。薬味や濃い味付けになる調味料を混ぜたりしなくても、軽く塩を振ってお酒と酢でふやかした昆布で包んで一晩冷蔵庫でほったらかせば食べられる。少ない材料で簡単な手順を踏むだけで、すんなり食べられるようになるのだ。
以来、
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私はサーモンの刺身のサクは昆布締めにして、甘めのしょうゆだれを付けて食卓に出すようになった。嫌いなわけではない、かといって大好きというわけでもないのだが、食べられることが嬉しいのだ。
が。
「そこまで無理して食わなくてもええんちゃう?」
配偶者はたびたび水を差すのであった。
全く、わかってないなぁ! もう!
ちなみに、私のこの「鮭を食べるとえずいてしまう」というのは、アレルギーの可能性があるらしい。鮭アレルギーなんてあるんだなぁと思いつつ、死に至るようなレベルのものじゃなくてよかったと安堵するのだった。