シュークリームを作ろうと心に決めた。
ヨーグルトが食べたくてヨーグルトを買ったのだが残り半分のヨーグルトをヨーグルトとしてではなく何らかのおやつに仕立て上げたくて、検索した結果レシピが目に留まったというのがきっかけだ。
何故よりによってシュークリームを選んだのか。
シュー皮は、作ると結構難しいといわれている。
材料の卵の量、生地の加熱と練り、オーブンの温度と焼き時間――ちょっとしたミスで萎んでしまうのだと聞いたことがある。
私は長年、それに怯えていた。
シュークリームのシュー皮なんて、シュークリームの八割くらいを構成する大事な存在ではないか。失敗したら絶対ガッカリションボリするやつだ。でもそれだけ難易度が高いのなら、初めのうちは多少失敗したって……いやいやいやいや。できれば失敗したくないでしょこれは。
そう思って、作る気になれないでいた。他のお菓子はおいしそうだと思えばレシピを調べて気軽に作ってみようとするのに、シュークリームだけは別だった。失敗したくない。見栄っ張りなのである。
ところがこの夏は違った。
初心者だから失敗していいだなんてなめくさった心根で立ち向かうなど言語道断。そんなの失敗するに決まってる。本気で挑め。そして成功を掴み取れ!――と、何故か「オレはやるぜ」とばかりにやる気を出してしまったのだ。
そんなこんなで、これまで沸くどころか湧きもしなかった謎のチャレンジ精神に突き動かされ、シュークリームという難易度高めのお菓子に挑戦することとなった。私よ、いつもはやる気のない私よ、やるんだな。そうかやるのか。やるならやらねば。
レシピに目を通した感じ、作業そのものはそんなに多くはないし難しくもない。一番時間がかかるのはクリームに使うヨーグルトの水切りだ。というわけで、前日から準備に入る。油こし紙を敷いたざるをボウルに乗せ、ヨーグルトを入れてラップをかけ、冷蔵庫へ。手間がかかるなめんどくさいなと思いつつ、できあがるであろうもののおいしさに思いを馳せる。水切りヨーグルトは濃厚だ。そんなの使ったクリームなんて、絶対うまいに決まっている。
一晩経って、朝食を済ませた後、シュークリーム作りに取り掛かった。おやつの時間においしく食べるには、冷ます時間もじゅうぶんとっておいた方がいい。まずはヨーグルト入りのカスタードクリームを。レシピ通りに慎重に。出来上がったら冷蔵庫へ。混ぜるときに使ったヘラについたクリームを指にとって味見してみたら、とてもおいしかった。これは尚更シュー皮の失敗は許されない。失敗即ちそれシュークリームの死である。生かさねば。死なせるわけにはいかない。死なせない!
気合いを入れるために深呼吸をしてから、次はシュー皮の作製に取り掛かる。レシピには書いていないが、確か鍋底に膜ができるように作るのだったか。
これまで読んできて頭に残っているレシピのデータを掘り起こし、生地を練り練り。
鍋底に膜? できている気はする。いやこれほんとに膜? これでいいのか? いい気がする。大丈夫か? 大丈夫かな? 大丈夫だ、多分。
ここ数年で一番の自問自答を繰り返し、できたっぽい生地を袋に入れてクッキングシートを敷いた天板の上に絞り出し、溶き卵と書いてあるけどクリームで卵白余っていたのでこれでいいや家庭用だしとティースプーンで塗りながら少し形を整え、予熱の終わったオーブンレンジへ入れて焼成開始。本当に大丈夫かなこれ。私は不安でいっぱいだった。
しばらくして、
「おい、これ大丈夫か? なんかでっかくなってんぞ」
飲み物を取りに台所に来た配偶者がオーブンレンジを覗きながら言った。「でっかくなっている」? それはつまり――膨らんでいる!?
「膨らんできたな! いいぞ!!」
ちょっとだけテンションが上がった。それでも油断してはいけない。焼き上がった後に萎むことだってあるのだ。オーブンレンジの中を覗いてみると、イイ感じに膨らんでいる。いいぞ。しかしちょっと焼き色が濃い。このままでは焦げてしまう。本当はシュー生地を焼いているときに扉を開けるのは禁じ手らしいが、仕方なく扉を開けて手早くアルミホイルを被せ、再度スタートボタンを押す。ここにきて不安要素を抱えてしまった。たった数秒のこととはいえ、これは萎んでしまうのではないか? シュー生地を死地へと追いやってしまったのではないか?
が、それは杞憂であった。
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若干焼きすぎな感はあるが、シュー生地は見事に期待に応えてくれたのである。
少し冷ましても萎まず、クリームを入れるために上部をカットすると、中にはちゃんと空洞もできていた。これは成功といってもいいだろう。ありがとうシュー生地。よくやった私。脳内には勝利確定演出が流れた。
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かくして、初めてのシュークリーム作りは百点満点中八十八点(自己採点)の出来映えで成功を収めたのであった。
おいしかった。また食べたい。食べるためには作らなきゃ。
また作る……?
二度と作りたくないとまでは思わなかったけれど、正直ちょっとドキドキしちゃったから、考えておくことにする。