暑い。人が多い。おいしいものがベビーカステラぐらいしか売ってない。待ち時間が長い。平気でそこらにゴミをポイ捨てする人が結構いる。ぶつかってもほとんど謝られない。帰りに渋滞する。とにかく暑い。暑い。暑すぎる。
「花火がきれい」以外に何かメリットあんのか? と思う。
それでも配偶者は行きたがる。人混みも渋滞も大嫌いなくせに、行きたがる。これは彼にしては珍しいことだ。他のイベントや大人気の観光地なら「よう行かん」と避けるのに。
しかし彼は言った。
「ここらはこのくらいしか夏のでかいイベントねえからな」
そうなのだ。夏の思い出作りができるイベントが、住んでいる町にはこのくらいしかない。自治会単位のお祭りはあるところにはあるが、コロナ禍で中止になって以降、やらなくなってしまった地区もあるようだ。幼いみなさんや青春真っ盛りの十代のみなさんはさぞ退屈なことだろうと思う。大きなお祭りがあるのは秋だから、おうちで作れば高くはないけどこんな場でもない限り絶対食べないだろう割り箸に刺さった一本まるごときゅうりのヒエヒエ浅漬けを囓ったり浴衣でキメたりいつもとちょっと違う装いの同級生を見て「おっ」「いいじゃん」「かわいい」「かっこいい」と思う場も花火大会しかないのだ。
配偶者も――それなりに、夏を感じたいのだろう。「暑い」とか「食いもんが高い」とか文句をたれながら、毎年「花火行く!?」とワクワク顔で訊いてくる。
それだから、私も嫌ではあるが、準備をする。
暑さ対策のための各種グッズに、長い待ち時間に立ちっぱなしはしんどいのでときどき足を休めるために座る小さな折りたたみの椅子。ただ花火を見るだけのために、トートバッグひとつ分の荷物を揃える。めんどくさい。めんどくさいけど揃える。
だって、あなたが見に行きたいって言うからね。
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元々配偶者に対しては畏敬の念と親愛の気持ちを持ち合わせてはいるけれど、昨年義父が亡くなってから、それは少し強まった。
いつまで一緒にいられるかな。
どのくらい一緒に楽しめるかな。
来年も、憂鬱な気分になって嫌だな行きたくないと彼の見えないところでぶつくさ言いながら、きっと花火大会の準備をするのだ。