タイ、バンコクから各地に伸びる国鉄の路線では、寝台列車が走っている。今は内装もリニューアルしたみたいだけど、学生の頃、貧乏旅でよく使っていた時は、お世辞にも綺麗な列車とは言えなかった。
けれど、僕はこの寝台列車が好きだった。バンコクからラオスへ陸路で入りたい時は、ノーンカーイという国境沿いの街へ行く必要があり、バスか寝台列車を選ぶ必要があった。飛行機を使ってしまえば3時間もないうちに到着してしまうのだけれど、それはあの頃の僕にとっては贅沢すぎて手を伸ばさない選択肢だった。寝台列車の2等車であれば、2000円(当時は)国境入りできる。夕方にバンコクの駅を出発して、列車内で一夜を過ごせばいい。
移動にはおよそ8時間、運が悪ければ遅れて10時間かかる時もある。けして優雅な時間とは言えないけれど、寝台列車に乗っていたあの時間が一番と言っていいほど、自分は今異国にいるんだと、肌に触れるくらい"旅"を感じられる時間だった。だから、むしろ僕は好き好んで寝台に乗った。
二等車は向かい合うボックス型の座席がいくつも並んでいる。乗り込んでから、ある程度時間が経つと車掌がやってきて、その座席をベッドにしていく。車の後部座席を折り畳むみたいに、平たく整えていくのだ。
座席の上段にもベッドスペースがあり、最終的には2段ベッドのような構造になる。カーテンを取り付ければ、寝室の完成である。イメージがつきにくいと思うが、気になる方は「タイ 寝台列車 二等車」とかで検索してみるとわかるだろう。
下段には窓もあり、大人1人が寝転んでも少し余裕があるくらいだが、上段は少し狭くて窓もないのでちょっと圧迫感がある。さらにエアコンが近くて寒いので、下段のチケットの方が人気だったりする。
これだけ聞くとかなり辛い体験のように思えるが、思い出補正か若さのおかげか、そこまで苦ではなく、むしろ夜は他のどんなゲストハウスよりもぐっすりと眠れていたように思う。
朝になると、車掌が大きな声で乗客を起こしながら、おもむろに朝食のプレートを配りだす。前日の夜に頼んでおけば、朝食をつけられるのだ。
僕はというと、朝食はいつも頼まなかった。というのも、列車には食堂車がついており、そこで朝食を取るのが好きだったからだ。
食堂車は意外にも人が集まらず、タイ人の調理人兼ホールスタッフが暇そうにしている。ノロノロと食堂車に入ると、素敵な笑顔で挨拶をしてくれる。朝食はなんてことのないソーセージやら目玉焼きのプレートである。お洒落さは皆無だけど、それでいい。
ガタンガタンと相変わらず忙しなく揺れる列車は、朝焼けに包まれて、目的地へと向かっていく。テーブル横の窓から見える風景をぼーっと見ながら、生まれ故郷でも何でもないタイの田舎の平原の姿に、郷愁のような思いを巡らせる。パサついたトーストとインスタントのコーヒーを嗜みながらぼんやり過ごすその時間には、何にも変え難い、旅の静かな喜びがあったのだ。