私はユーザー体験としてサービス内で広告を見せることをあまりよい体験ではないと思っている。だから今後もしサービスを作るとしても基本的に広告は入れないだろう。
身銭を切ることにはなるけれど、それは許容範囲内だし必要なコストだと考えている。昔からいわゆる嫌儲思考なのもあるけれど……。
ただ、自分の中にも「広告を見てもいい」と感じる瞬間がある。それは広告を見るかどうかを自分で選べるときだ。たとえば、
ゲームのスタミナが切れたとき広告を見れば回復できる
明日まで待てば無料で読めるが広告を見れば今すぐ読める
こうした選択肢が用意されている場合は広告はそこまで不快に感じない。むしろ喜んで広告を見ることを選択する(ただし、広告内容をじっくりみているかと問われればノーだが)。
多くの場合、広告は意図しないタイミングで表示され体験を損ねてしまう。それによって離脱されてしまうのは大きな機会損失だと思っている。できるだけユーザーが心地よく使える体験を大切にしたい。
Todoリストを例にしてみる
このサービスの目的はTodoを書いて消化することだ。それなのに、
1日最大n件までしか登録できない
消化するには広告を見る必要がある、もしくは課金しなければいけない
となると「それは違うんじゃないか」と私の中で警笛が鳴る。
サービスの根幹となる必要最低限の行為を課金要素に含めるのはどうなのだろうと思ってしまう。とはいえ、サービスを運営する以上コストがかかることも十分理解している。
だからこそ普段使う分には問題なく利用できて、より便利により快適に(あるいは楽しく)使いたい人がサブスクを選ぶ。その形で運営にお金を払うのが、いちばん健全なのではないかと思っている。