おえかきがしたい。ふっくらとまっすぐすぎない曲線をかいて、その中や外で色遊びをしたい。つかれると、無性におえかきがしたくなることにきづいた。水彩はどんな色がどんな風に出るかわからないからかもしれない。白くてすこし凹凸のある画用紙にわたしは自由に色をおき、わたしの関与できないところで色もまた自由に滲んでは混ざり合う。数年前からぼちぼちおえかきをして遊ぶようになったけれど、思いどおりにかけたことはたぶん一度もない気がする。だけどそうして思いもよらず生まれた絵が、どれもとてもすきだ。きっとどの絵もわたしの内側にとどまっていないからだろう。滲んで飛び出して跳ねて。なにげなく置いた色がそうして知らないものになる瞬間、わたしの内側と外側の世界はシームレスになる。わたしが世界に、世界がわたしにひらかれている。そこには震えるようなよろこびがあって、そのよろこびはつかれた身体の風通しをずいぶんよくしてくれるのだ。ああ、おえかきがしたい。言葉はつながるために紡ぐ。絵はひらかれるために描く。たぶん、わたしにとっての創作はそういうものなのかもしれない。