公共のトイレのトイレットペーパーを補充した

nanatsugi
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外でトイレに入ったら、2つ並んだトイレットペーパーが片方切れていて芯だけだった。

棚に予備がたくさんあったので、何も考えず詰め替えて、出る時に備え付けのゴミ箱に芯を捨てた。

なんでもない普通の、ごく当たり前のことをしただけだけれど、「良いことをした」という気分になった。

ふと、なぜそんな気分になったのだろうと考えた。

そもそもなぜ私はトイレットペーパーを変えたのか。もう片方は普通の量があったから、変えなくても私は別に困らない。

手を洗いながら考えた結果、「前に入った人が変えなかったから」という、当たり前で、なおかつ私にとっては大きな気づきとなるような結論になった。

使い切った人が、そのままトイレットペーパーを補充してから出ていたら、私が補充することはなかっただろう。

私が「当たり前」と思っていることを、しなかった人がいる。

私が当然のように紙を補充したように、この世には「使い切ったトイレットペーパーを補充しない」という選択を当然のようにする人が居る。

前の人は急いでいたのかもしれないし、事情があったのかもしれないけれど、特段理由が無くとも「補充しない」という人は大勢いるだろう。

私にとって当然ことを、しない人が居る。

そうすると、当然のことをして生きているだけで、相対的に自分が「いい事をした」ような感覚になる。

「なにもできない、善人でも無い、性格の悪い私でも、この点に関してだけ言えば、どこかの誰かより親切だ」と思えた。

嫌味な考え方かもしれないけれど、前の人にお礼を言いたいような気分になった。

そう考えると、SNSで見かけるような、信じられないくらいおかしな人たちも、少しは有益な存在だと思えるかもしれない。

下を見て自信をつけるなんて…とも思うけれど、おかしな人が誰かを攻撃しているのを毎日見るせいで、無意味に傷ついてしまうような環境よりは、ずっと良い。

「人の振り見て我が振り直せ」とはよく言ったものだ。ありがとう、迷惑な人たち。私の人生の反面教師たち。

今はまだ私も嫌な人間だけれども、あなたたちを参考に、少しずつ、あなたたちよりも「いい人」になってみせるよ。